最近のビジネス界は、右を向いても左を向いても「イノベーション」の大合唱だ。『ハイ・コンセプト』の副題にある「『新しいこと』を考え出す人の時代」がまさに到来している感があるが、沼田さんが新入社員にこの本を薦めるのはなぜなのか。

「第一の理由は、当社がクライアントや社会に対して提供したい価値の本質、いわば我々の存在意義を、この本が端的に言い当てているからです。本に出てくる『デザイン』『物語』『共感』『遊び心』といったキーワードはいずれも、当社のフィロソフィーである『生活者発想』と重なる部分が大きい。そこを非常にわかりやすくひもといてくれています」

就活生に人気の広告業界で、同社は入社難易度の高さでも知られる。ただ、実際の採用活動に際しては「自分たちの仕事を言語化するのが難しく、なかなか本質を理解されづらい」というもどかしさを感じてきた。

「広告の表現部分だけをみて、クリエイティブな仕事ができそうだという憧れから目指す人もいます。一方で大学のサークルや文化祭の中心で活躍するような社交的な人たちや、体育会系のノリの人たちだけが集まる会社、というふうに思われていたりもします。そういう面があることは否定しませんが、実際はさまざまなバックグラウンドを持つ人たちが入社します。その全員に、過去の経験にとらわれ過ぎず、我々の仕事の本質とは何なのかをしっかり理解してほしいのです」

「広告という領域を超えて」

急速に進展するデジタル化は、広告業界にもビジネスモデルの転換を迫っている。広告枠を持つメディアと、広告を出したい企業とを結びつけて手数料を得るだけでは高い成長は望めない。そうした環境変化の中「博報堂は何を提供する会社なのか」という議論が社内でも行われてきた。そして2019年、社内外に打ち出したのがこのフレーズだ。

「クリエイティビティで、この社会に別解を。」

沼田さんはその意味をこう解説する。

「別解というのは正解に対するアンチテーゼです。『ハイ・コンセプト』が指摘するように、左脳で論理的に分析し、たどり着く正解だけでは変化の激しい時代を乗り切れません。そのことは多くの企業が実感しています。じゃあそこで博報堂が果たすべき役割とは何かといえば、広告づくりで培ったクリエイティビティを生かして、クライアントのビジネスそのものを成長させていくことだろうと。広告という領域を超えて『そうか、その手があったか』と思ってもらえるようなオルタナティブな解、別解を提示していこうという決意表明です」

「最近流行のアート思考やデザイン思考も、ベースはこの本で語られている」と話す沼田さん

最近は、クライアント同士を結びつける「つなぎ目」としての役割も増えてきた。取材の最初に渡された博報堂の名刺には、名前の両脇に小さな点が描かれていた。沼田さんによるとそれは「センタードット」というシンボルだ。ドットは起点であり結節点。大きな社会的課題に対しては、企業や行政など多様なプレーヤーを自ら結びつける役割を果たそうとの意味が込められているという。

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理系人材も成長する、チームの力