川の抗うつ剤汚染 米ザリガニに異変、捕食者に連鎖か

2021/7/19
ナショナルジオグラフィック日本版

米国のザリガニの仲間(Faxonius limosus)は、自然環境において見られる濃度の抗うつ剤にさらされると行動が大胆になり、捕食される危険性が高まる可能性がある(PHOTOGRAPH BY JOEL SARTORE, NATIONAL GEOGRAPHIC PHOTO ARK)

人間の治療に使われる抗うつ剤は、川や水路に入れば水生動物にも影響を与える。

2021年6月15日付で学術誌「Ecosphere」に掲載された論文によると、川で実際に観察される現実的な濃度の抗うつ剤シタロプラム(一般にセレクサの商品名で販売)にさらされたザリガニは、えさを探す時間が大幅に増え、身を隠している時間が減ったという。こうした行動の変化で、ザリガニは捕食者から攻撃されやすくなる可能性があり、また、いずれは河川の生態系に別の影響が及ぶことも考えられる。

「行動が大きく変化したことに驚かされました」と語るのは、論文の共著者で、米フロリダ大学の淡水生態学者リンゼイ・ライジンガー氏だ。「変化は非常に劇的でした」

実験は、自然環境を模した研究所内で14日間にわたり行われた。その結果、たとえば、抗うつ剤にさらされたザリガニ(Faxonius limosus)は、そうでない個体に比べて、えさを探すために隠れ場所から顔をのぞかせる、また外に出てくるまでの時間が約半分になった。

今回の研究は、自然を模した環境下でザリガニと抗うつ剤についての調査を行った初めての試みであり、こうしたタイプの医薬品汚染がどこまで広がり、どの程度の影響力を持っているのかに関して深刻な問題を提示していると、論文の筆頭著者で、米ケアリー生態系研究所の博士研究員として同研究に携わったアレクサンダー・J・ライジンガー氏は述べている。

米国ではほぼ8人に1人が服用

シタロプラムは、世界で最も広く処方されている抗うつ剤である「選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)」のひとつだ。15~18年の米国では、ほぼ8人に1人がSSRIを服用していたと米疾病対策センター(CDC)は報告している。

こうした薬剤は、気分、幸福感、不安などの調整を助ける神経伝達物質であるセロトニンのレベルを高めることによって、脳内の化学反応を変化させるよう設計されている。しかし、これは人間以外の、特に水中で生活するたくさんの生物たちの神経化学にも影響を与えてしまう。

薬物はいくつかの異なる経路から川に流れ込む。人間が錠剤を飲むと、そのうちのごくわずかな量が尿や便と一緒に排出されて、水漏れのある汚水処理設備や、薬剤を除去できない廃水処理施設から環境に入り込む。未使用の薬が排水口に捨てられることも少なくない。こうした汚染物質を排出している製薬会社もある。

海や淡水に暮らす生物は、いくつもの薬剤が混ざりあった水にさらされる可能性がある。英ポーツマス大学の毒物学者アレックス・フォード氏によると、これらの化合物の濃度は多くの場合、そう高くはないが、付加的な影響が出る場合もある。過去の研究では、SSRIはさまざまな水生動物の「不安様」行動を減少させ、ときには攻撃性と運動量の両方を増加させることがわかっている。

ライジンガー氏らが今回の研究で目指したのは、ザリガニがこうした薬物にどう反応するかを理解することだった。2週間にわたり、彼らは人工的な水流の中で、ザリガニを1リットルあたり500ナノグラム(ナノは10億分の1)のシタロプラムにさらした。流れの中には、ザリガニが身を隠せる岩や植物が配置されていた。

次のページ
上位の捕食者にまで
ナショジオメルマガ