2021/7/17

実際にクジラが好んで食べるのは

ごくまれに人間がクジラの口に入ってしまった場合、それはほぼ間違いなく偶然のできごとだ。クジラは人間を食べないからだ。

マッコウクジラのようなハクジラ亜目は、歯を持ち、イカや魚などをエサとする。一方、ザトウクジラやシロナガスクジラ、コククジラ、ミンククジラなどのヒゲクジラ亜目では、口の中に歯ではなく特殊な剛毛が生えており、プランクトンやオキアミ、小魚などの小さな獲物を食べる。

「くじらひげ」と呼ばれるこの剛毛は、硬さと柔軟さの両方の性質を持つケラチンというタンパク質でできており(人間の毛髪や爪と同じ物質)、そのケラチンの繊維が板状になってくしのような形に並んでいる。ヒゲクジラはいったん大量の海水とエサを口に含んでから、くじらひげをろ過器のように使って大量の海水だけ吐き出し、小さなエサをこし取って食べる。

地球上で知られる90種のクジラのうち、人間をのみ込めるほど大きな喉を持つのは、マッコウクジラただ1種だ。体長20メートルにもなるこの哺乳動物の食道はとても大きく、巨大なダイオウイカを丸ごとのみ込んでしまうこともある。実際、14メートルに達することもあるダイオウホウズキイカが、マッコウクジラの胃の中から発見されたこともある。

ただ、物理的に可能だとは言え、マッコウクジラが人間をのみ込む確率は大変に低い。そもそも出会う可能性がまずない。

ほとんどの人にとって、「一生の間に一度でもマッコウクジラを見る機会はないでしょう」と、英国ロンドン動物学会の「ストランディング(座礁・漂着等)クジラ調査プログラム(CSIP)」のロブ・ディアビル氏は話す。マッコウクジラは世界中に広く分布しているものの、ほとんど外洋で生活しており、多くの時間を深海で過ごす。

クジラにとっての脅威

そういうわけで、次に海水浴に行く人も心配は無用だ。第一、クジラは人間に対して攻撃的ではない。むしろクジラが人間を恐れて当然だとディアビル氏は言う。「人間が与えるさまざまな重圧と脅威」のせいだ。

人間は、捕鯨、環境汚染、生息環境の破壊、クジラが漁網に絡まったり船に衝突したりする事故などによって、クジラを傷つけている。近づきすぎるなどの無責任な観光客の行動も、クジラを苦しめる可能性がある。

もしもこの温和な大型動物に出会うことがあったなら、責任ある野生動物観察のためのガイドラインに従って欲しいと専門家らは述べている。たとえば、十分な距離を保って、(可能であれば双眼鏡を使って)遠くから観察すること、クジラに恐怖や刺激を与えるような行為をしないことなどだ。

ところで、パッカード氏は軟部組織にけがは負ったものの、骨折はしていないそうだ。けがが治ったらまたすぐにダイビングをする予定だと、ケープコッド・タイムズに語っている。

(文 MELISSA HOBSON、訳 山内百合子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年6月24日付]