イノベーションというと、単に技術革新のことだと捉えてしまう向きもありますが、僕の考えは違います。僕が思うイノベーションとは、1つの目的に対して、新しい解決方法を提示すること。あるいは提示した結果の製品やサービス、そのプロセスです。固定観念を打ち破る、常識にとらわれない、思考停止に陥ることなく探究する――そんな姿勢で、世の中に新しい課題解決の方法を送り出していくわけです。

ですから、新しい技術を用いていなくても、「この課題をこんな技術で解決するのか」という新たなアプローチがあれば、それはイノベーションと呼ぶに値すると考えます。僕がAOLジャパンでマーケティング担当の副社長をしていたときも、自分たちが目指すのは「Not technology, but convenience」だと社内で確認し合っていました。技術そのものに価値があるのではなくて、人々に快適さを届けることに価値があるのです。

そういう意味で大きなイノベーションを引き起こしたのは、米アマゾン・ドット・コムのネット通販サービスです。特に、2009年に「当日お急ぎ便」の提供が始まり、注文の翌日に商品が届くようになったことは革新的でした。それまでは手元に商品が届くスピードの差も考慮して実店舗と使い分けていた人にとって、もはや選択の余地がなくなります。アマゾンにあるものはアマゾンで買えばいい。明らかに、人々の行動を変え、生活を変えました。近所に生活用品などを買えるお店が豊富になくても、今はアマゾンがあるから大丈夫、といった調子で、住む場所の選び方にまで影響を与えている気がします。

未知のニーズが市場をつくる

このように、イノベーションには社会全体に影響を与え、昨日までの常識をガラリと変えてしまう力があります。ではどんなものがイノベーションになり得るのか。それは3つの円を描いてみると理解しやすいでしょう。

1つは、市場のニーズ。もう1つは他社ができること(他社の事業)。最後に、自社ができること(自社の事業)。3つの円がすべて重なる部分は、いわゆるレッドオーシャンです。需要があり、多くの企業が参入して激しい競争が繰り広げられる市場。一方、ニーズと自社、2つの円だけが重なる部分、これがスイートスポットです。これを獲得するのがイノベーションであるという言い方もできます。

イノベーションはスイートスポットを獲得できる

ニーズが目に見えると他社が追随してくるので、スイートスポットはやがてレッドオーシャンに変わっていく。しかし、その前の段階で、最初は小さかったスイートスポットが急速に大きくなることもあります。それは、まだ顕在化していない市場のニーズを自社だけが掘り当てたときです。

例えば、アップルは2007年6月にiPhoneを発売しました。当時はまだフィーチャーフォンが全盛。スマートフォンと呼ばれる端末として「BlackBerry」などがありましたが、ビジネスパーソンが仕事で使う程度でした。小さな端末の半分ほどを物理キーボードが占め、画面は小さく、一般の人が使いやすいものとは言えなかったのです。これを変えたのがiPhoneです。1つの端末に、携帯音楽プレーヤーのiPodとインターネット接続端末、電話の機能を搭載。スクリーンに表示するソフトウエアキーボードとタッチ操作によるインターフェースの採用で、画面を大きく、広く使えるようにしました。