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「研究室」に行ってみた。

2021/7/1

「研究室」に行ってみた。

具体的な事例としては、そもそも愛着理論が提案されるきっかけになった第二次世界大戦後のイギリスの戦災孤児たち、あるいは、1960年代後半のルーマニアの施設で親から引き離されて育った「チャウシェスクの子どもたち」のような事例があてはまるものだという。後者については、チャウシェスク政権が倒れた後にそういった子たちを40歳近くまで追った研究があり、国際養子などでよい家庭環境に入っても、幼い頃に徹底的なネグレクトを受けた層は、のちのち脳の構造にも変化を来して対人関係や職場での機能に影響を及ぼし、うつ、不安などメンタルヘルスに強い影響が出ることが示された。

これだけの壮大なネグレクトを前提にしたのが愛着障害であり、今の日本でこれに該当するのはそれほど多くない(決してないわけではない)。にもかかわらず、愛着問題に帰結させて、愛着障害という診断を与えることがかなり多いという。

「自閉症で愛着が問題というのは、結局、親のかかわりで自閉症そのものが治るっていう前提でしょう。でも、自閉症など発達障害は親のかかわりの失敗で発症するものでもないし、親のかかわりだけで治るものではないのはもう何度も強調しました。もちろん適切にかかわれば、付随して起きる情緒や行動の問題を予防したり、発達障害の症状自体を改善することはできるけど、愛着を強めることで治癒というわけにはいきません。発達障害の特性に合わせて適切に対応すれば、結果的に愛着も良い方向に強まります。でも、親が自分が治せるんだと勘違いしたまま一生懸命になりすぎると、前に言いましたけど別の問題が生じることもあります」

自閉症は胎内から始まっていて、愛情の問題ではないことは今も強調する必要があります、と神尾陽子さんは冒頭でも語っていた。

というわけで、神尾さんの目には、日本において「愛着障害」が本来の診断基準を超えて、それこそ濫用されているように映る。なんでもかんでも、愛着で説明しようとしすぎだ、と。実はこれは韓国も似ているそうで、東アジアに共通する背景があるのかもしれない。

一部の人々が本来の診断基準の主旨からはずれた運用をしているので、現場も当然、混乱する。神尾さんはこんな事例を挙げた。

「臨床の現場で鑑別に悩むという話をよく聞くんです。愛着障害か自閉症か、どちらか分からないで迷っている、と。海外から発達障害の専門家が来ると、必ずフロアでそんな質問する人がいるんですけど、質問された海外の専門家は、何を聞かれているのか分からずにポカーンですよ。後で、あれ、どういう意味? って聞かれます」

「とある研修会を開催した時、地域のリーダーの方がこんなことをおっしゃるんです。『やっぱり愛着の問題があったら、発達障害の診断はしちゃいけないと思ってやってる。まず愛着を治してから、発達障害の診断をして療育させないと、親は発達障害だってことに逃げちゃって、愛着を育てなくなる』って。それで、もう衝撃を受けたんですけどね」

これらの発言の背景には、厳密な「鑑別診断」についての強い信念があるように聞こえる。そして、鑑別診断がしにくい場合に「愛着」を持ち出しているというふうにも思う。結局、発達障害がスペクトラムであって、定型発達と連続していることの本当の意味を、日本の臨床現場ではまだこなせていないのかもしれない。

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