検索朝刊・夕刊LIVEMyニュース日経会社情報人事ウオッチ
NIKKEI Prime

朝夕刊や電子版ではお伝えしきれない情報をお届けします。今後も様々な切り口でサービスを開始予定です。

検索朝刊・夕刊LIVEMyニュース日経会社情報人事ウオッチ
NIKKEI Prime

朝夕刊や電子版ではお伝えしきれない情報をお届けします。今後も様々な切り口でサービスを開始予定です。

検索朝刊・夕刊LIVEMyニュース日経会社情報人事ウオッチ
NIKKEI Prime

朝夕刊や電子版ではお伝えしきれない情報をお届けします。今後も様々な切り口でサービスを開始予定です。

NIKKEI Primeについて

朝夕刊や電子版ではお伝えしきれない情報をお届けします。今後も様々な切り口でサービスを開始予定です。

/

愛着の問題で片づけられがち 自閉症の子どもの子育て

発達障害クリニック附属発達研究所所長 神尾陽子(6)

詳しくはこちら

NIKKEI STYLE

ナショナルジオグラフィック日本版
 文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。今回は「自閉症」について、発達障害クリニック附属発達研究所の所長で児童精神科医の神尾陽子さんに聞くシリーズを転載します。なかなかイメージしにくい「自閉症」について、神尾さんは科学的なエビデンスによってその実態を明らかにしてきました。治療のみならず支援の環境作りにも奔走してきた神尾さんの姿勢からは、より生きやすい社会になるように、という強い願いが伝わってきます。

◇  ◇  ◇

日常的にそこにある自閉スペクトラム症について伺うところから始まって、そのスペクトラムたる所以の頻度分布について教えてもらった。さらに、サブクリニカル、診断閾下という、人口の10パーセントくらいはいそうな集団についても早期の把握と対策が大切だという話にも至った。それぞれを知ること自体が社会的な改善の第一歩につながることで、うまく伝わればよいと願う。

最後の話題として、これまでのすべてのお話の中に通底し、折に触れて何度も繰り返された大きな問題を再度取り上げたい。話は、神尾さんのキャリア初期、京都時代にさかのぼる。

「1990年代ですが、京都の児童福祉センターという行政のクリニックにいたときに、自閉症児が通う施設を巡回して訪ねました。そこで、抱っこ療法なんていうのを本当に一生懸命やっているのを見て、『何だこれは』って思ったのを今でも思い出します。そのときに先輩の先生と一緒に、70年代からイギリスでどういうふうにして認知研究が進み、自閉症の理解が変わってきたか勉強会をしていたんですが、全然やっていることが違うんですよね。それがちょっと衝撃的で」

自閉症の原因は母親の愛情が足りないからなので、たくさんの時間、抱っこしましょうという療法は、90年代にはすでに効果がないことがはっきりしていた。実証主義の国イギリスでは、有効性がとっくに否定されて、有害性すら疑われている中、日本では堂々と抱っこ療法が生き残っていたというのである。

「1960年代のアメリカなどでは、育て方が悪いという仮説に基づいて治療されて、その結果、一切のスキルを身につけることなく自閉症の子どもたちが大人になって、最悪、精神病院に入ったまま一生過ごすようなこともありました。私たちはそれを踏まえなきゃいけないんですけれども、育児ってやっぱり文化とか価値観とか、地域によっても家族によっても違うので、科学的なエビデンスがこうだって言っても、体の病気のようにはなかなか定着しません。いまだに愛着が大事、抱っこするのが大事という考えはあります。わりとそういうのがいろんなとこに残ってるんですね。そのために親がすごく苦しむことも、いまだにあるんです」

また、この問題は微妙に位相を変えつつ、新たな文脈でさらに深まっているかもしれない。おそらくこの方面の話題に関心があるなら、誰もが聞いたことがあるであろう「愛着障害」だ。これも子どもが養育者にたいする愛着(アタッチッメント)を形成するのに失敗していることから、対人関係が不器用になったり心が不安定になったりすることを指す。

神尾さんは、この言葉について「辟易している」と強い言葉で語った。

「だって、診断閾下の人が、結構、愛着障害だって診断されてしまうんです。自閉スペクトラム症の診断がつかないけれど、対人関係やコミュニケーションに問題があるとき、日本ではそういう診断になることが多いんです。これ、以前の『愛情が足りない』説と同じになってしまいますよね。でも、実際は、愛着障害って診断は定義上、ネグレクトを受けたり、養育者がコロコロ変わったりした場合という条件がつくんです。これって、児童精神科医が一生の中で一度も出会わないことだってあるというくらいのものです」

具体的な事例としては、そもそも愛着理論が提案されるきっかけになった第二次世界大戦後のイギリスの戦災孤児たち、あるいは、1960年代後半のルーマニアの施設で親から引き離されて育った「チャウシェスクの子どもたち」のような事例があてはまるものだという。後者については、チャウシェスク政権が倒れた後にそういった子たちを40歳近くまで追った研究があり、国際養子などでよい家庭環境に入っても、幼い頃に徹底的なネグレクトを受けた層は、のちのち脳の構造にも変化を来して対人関係や職場での機能に影響を及ぼし、うつ、不安などメンタルヘルスに強い影響が出ることが示された。

これだけの壮大なネグレクトを前提にしたのが愛着障害であり、今の日本でこれに該当するのはそれほど多くない(決してないわけではない)。にもかかわらず、愛着問題に帰結させて、愛着障害という診断を与えることがかなり多いという。

「自閉症で愛着が問題というのは、結局、親のかかわりで自閉症そのものが治るっていう前提でしょう。でも、自閉症など発達障害は親のかかわりの失敗で発症するものでもないし、親のかかわりだけで治るものではないのはもう何度も強調しました。もちろん適切にかかわれば、付随して起きる情緒や行動の問題を予防したり、発達障害の症状自体を改善することはできるけど、愛着を強めることで治癒というわけにはいきません。発達障害の特性に合わせて適切に対応すれば、結果的に愛着も良い方向に強まります。でも、親が自分が治せるんだと勘違いしたまま一生懸命になりすぎると、前に言いましたけど別の問題が生じることもあります」

というわけで、神尾さんの目には、日本において「愛着障害」が本来の診断基準を超えて、それこそ濫用されているように映る。なんでもかんでも、愛着で説明しようとしすぎだ、と。実はこれは韓国も似ているそうで、東アジアに共通する背景があるのかもしれない。

一部の人々が本来の診断基準の主旨からはずれた運用をしているので、現場も当然、混乱する。神尾さんはこんな事例を挙げた。

「臨床の現場で鑑別に悩むという話をよく聞くんです。愛着障害か自閉症か、どちらか分からないで迷っている、と。海外から発達障害の専門家が来ると、必ずフロアでそんな質問する人がいるんですけど、質問された海外の専門家は、何を聞かれているのか分からずにポカーンですよ。後で、あれ、どういう意味? って聞かれます」

「とある研修会を開催した時、地域のリーダーの方がこんなことをおっしゃるんです。『やっぱり愛着の問題があったら、発達障害の診断はしちゃいけないと思ってやってる。まず愛着を治してから、発達障害の診断をして療育させないと、親は発達障害だってことに逃げちゃって、愛着を育てなくなる』って。それで、もう衝撃を受けたんですけどね」

これらの発言の背景には、厳密な「鑑別診断」についての強い信念があるように聞こえる。そして、鑑別診断がしにくい場合に「愛着」を持ち出しているというふうにも思う。結局、発達障害がスペクトラムであって、定型発達と連続していることの本当の意味を、日本の臨床現場ではまだこなせていないのかもしれない。

「医師って鑑別診断をするのが仕事だというところがあって、そこにこだわりすぎているかもしれません。もちろん、確定診断しないと治療できないし、診療報酬もつかないし、鑑別診断することはすごく大事なんですが、発達障害では他の種類の発達障害や別の精神疾患との合併もよくあります。だから、鑑別してこっちが正解というのが当てはまるケースよりも、1人の発達障害の人に診断が3つ4つつくほうがずっと多いんです。でも、まだ、それがなかなか定着しないんです。体の病気だと、検査をしてこれだと一つ分かれば、ほかは自然と排除されるけれど、発達障害は全部調べたら全部あるのかもしれない。そして、時期が変われば経過の中で強く出るものが変わっていくこともあるわけです。そういった理解を、今後定着させていかなければならないんです」

発達障害は多元的で、連続的だ。世界各国の研究でも、日本国内の研究でも、それは示されている。日本の固有の文脈の中で、たとえば、愛着障害という鋭利な刃物を裏返し、あえて鈍器として叩き切るようなことをするのではなく、多元的な連続体としての症候としてとらえたほうがずっと素直だ。

もちろん、愛情が大切でないはずがない。我が子の特性にあわせて、粘り強く取り組んでいくのは、愛情ゆえだ。とはいえ、そもそも「愛情を注いで愛着を形成する」という目標が誤解に基づくなら、効果が薄いわけで、親は疲弊してしまう。疲弊してしまったら、愛があってもどうにもならなくなる。

さらに神尾さんは、親と子の関係において、もう一つ大切なことをさらりと付け加えた。

「親の側も、自閉スペクトラム症的な特性を持っていることがありますから、その場合、親の側のこだわりというのも出てきます。育児の価値観もかなり影響するので、そこも大切で、親にこだわりが強い場合には、子どもとの接し方を見つめ直すペアレントトレーニングを勧めることがあります。こだわりが強い人って、逆にパチッとはまるととても効果があるんです」

診断閾下まで含めれば人口の10パーセント以上が該当するのだから、親子がともに自閉症的な特性を持っていることは単純に確率だけを見てもありうる。さらに、発達障害の最大の要因は遺伝的なものだということを考え合わせると、遺伝子の半分を共有する親子ともに特性があることはとてもありうる。とりわけ診断閾下の場合は、本人が気づかないけれど、実はそうだったということが多そうだ。こういったことをどう考えてサポートしていくかというのは、存外大きな問題だとあらためて感じた次第だ。

以上、神尾さんと相対してじっくりとお話を伺った内容をまとめた。

ぼくは非常に説得力を感じたのだが、もっと詳しい読者は別の感想を持つかもしれない。

神尾さんはエビデンスを重視しつつ、そこから導かれる最適解をなんとか日本の医療や育児や教育の中に反映させようとしている。エビデンスを重視するとはいっても、その社会、文化で受け入れられ、いわば「腑に落ちる」ような理解をされてはじめて実効あるものになるのだから、ときに科学的な理解から踏み出して様々な努力も必要になる。神尾さんが長い時間をかけて試みてきたのは、研究から実装までのスペクトラムだ。

その努力が結実し、自閉スペクトラム症と診断される人も、他の発達障害だとされる人も、それらが合併している人も、診断閾下の人も、そして、もちろん多数派を占める定型発達の人も、より育ちやすく生きやすい社会を引き寄せられればと願う。

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2020年5月に公開された記事を転載)

神尾陽子(かみお ようこ)
 1958年、大阪府生まれ。発達障害クリニック附属発達研究所所長。児童精神科医。医学博士。1983年に京都大学医学部を卒業後、ロンドン大学付属精神医学研究所児童青年精神医学課程を修了。帰国後、京都大学精神神経科の助手、米国コネティカット大学フルブライト客員研究員、九州大学大学院人間環境学研究院助教授を経て、2006年から2018年3月まで国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・思春期精神保健研究部部長を務める。現在は発達障害の臨床研究や教育・医・福祉の多領域連携システムの構築に携わる傍ら、診療活動や学校医および福祉施設の嘱託医を務めている。一般向けに『ウタ・フリスの自閉症入門』(中央法規出版)、『自閉症:ありのままに生きる』(星和書店)などの訳書がある。
川端裕人(かわばた ひろと)
 1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、ブラインドサッカーを舞台にした「もう一つの銀河のワールドカップ」である『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

春割ですべての記事が読み放題
有料会員が2カ月無料

有料会員限定
キーワード登録であなたの
重要なニュースを
ハイライト
登録したキーワードに該当する記事が紙面ビューアー上で赤い線に囲まれて表示されている画面例
日経電子版 紙面ビューアー
詳しくはこちら

ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で無料体験するログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で無料体験するログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で無料体験するログイン
図表を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した図表はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で無料体験するログイン

権限不足のため、フォローできません

ニュースレターを登録すると続きが読めます(無料)

ご登録いただいたメールアドレス宛てにニュースレターの配信と日経電子版のキャンペーン情報などをお送りします(登録後の配信解除も可能です)。これらメール配信の目的に限りメールアドレスを利用します。日経IDなどその他のサービスに自動で登録されることはありません。

ご登録ありがとうございました。

入力いただいたメールアドレスにメールを送付しました。メールのリンクをクリックすると記事全文をお読みいただけます。

登録できませんでした。

エラーが発生し、登録できませんでした。

登録できませんでした。

ニュースレターの登録に失敗しました。ご覧頂いている記事は、対象外になっています。

登録済みです。

入力いただきましたメールアドレスは既に登録済みとなっております。ニュースレターの配信をお待ち下さい。

_

_

_