ボンカレー進化の軌跡 最強の敵だった電子レンジ「ボンカレー」(下)

箱ごと電子レンジで温められるタイプの開発は苦労続きだった
箱ごと電子レンジで温められるタイプの開発は苦労続きだった

世界初の市販用レトルト食品として1968年2月に産声を上げた大塚食品の「ボンカレー」。50年を超える歴史の中で、ボンカレーは「国民食」として定着しつつ、時代とともにその姿を変化させてきた。ボンカレーの進化の軌跡を追った。

<<(上)ボンカレー半世紀 いかに「死の谷」を乗り越えたか?

大塚食品が68年に阪神地区で発売したボンカレーは、翌69年にアルミパウチの新発明で全国へと販売網を拡大した。全国に9万枚以上を張り巡らせたという女優・松山容子さんを起用したホーロー看板や、落語家の笑福亭仁鶴さんを起用したテレビCMなどで人気に火がつき、73年には1億食の販売を記録する大ヒット商品へと成長した。

「高度経済成長でカレーという“ごちそう”を気軽に食べられるようにしたこと、そして流通業界の変化の中でスーパーが急成長してきたことがヒットを支えました」。大塚食品の製品部食品・飲料事業食品課の伊藤征樹課長兼レトルト担当PM(プロダクトマネジャー)はこう解説する。

この成功を見て、他社もレトルトカレーに参入してきた。その急先鋒がハウス食品だ。26年からカレー商品の販売に乗り出し、家庭用のカレー・ルー商品「バーモントカレー」(発売は63年)や「ジャワカレー」(同68年)を世に出してきた、カレー業界のビッグプレーヤーだ。

ボンカレーの発売から3年、ハウス食品が71年に投入したレトルトカレー商品が「ククレカレー」だ。「ククレ」とは「クックレス(cookless)」、つまり「調理をしない」という意味からネーミングしたという。販促にあたってはアイドルグループのキャンディーズを起用したテレビCMを年末年始に放映。「おせちもいいけどカレーもね」というフレーズは流行語に。正月に向けてレトルトカレーを買い置いておく消費行動を誘って、「ククレカレー」は売り上げを伸ばしていった。

「競合品が増えてきたのに加え、消費者のし好も変化していった時期だったと思います。カレー自体も世の中にすっかり定着して舌も肥えてきた。そこで新しい商品が必要だと考えたのです」(大塚食品の伊藤氏)

初代ボンカレーの発売から10年を経た78年、大塚食品は「ボンカレーゴールド」を発売した。最大の特徴は、細分化する消費者の好みに合わせて「甘口」や「辛口」を用意し、それぞれにレシピを変えたことだ。

現在のレシピでは甘口にはリンゴ、バナナ、国産和ナシ、マンゴーを加えて他社の甘口よりもフルーティーな味わいを強化。辛口はガラムマサラやカルダモン、ブラックペッパーなどの香辛料をふんだんに取り入れてコクと深みを出した。後から発売された「中辛」は、リンゴとチャツネをベースにしてニュートラルな辛さを追求したという。

「長時間炒めたタマネギを使用することで、全体的にうまみを深めた商品設計にしました」と伊藤氏は当時の狙いを説明する。テレビCMや広告には、発売前年の77年に756号のホームランを打って世界記録を達成したプロ野球・巨人の王貞治選手(当時)を起用。国民的な人気選手の起用は話題となり、「ボンカレーゴールド」はボンカレーをしのぐ主力商品へと育っていった。

次のページ
消費者の好みに合わせ、広がったバリエーション
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら