ソマリランドのラクダ飼い 異常気象で伝統消えゆく

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

ソマリランド北部の村ヒジーンレで、アダル・マハメドさんのベールを口で引っ張る生後5カ月の子ラクダ、バルード(PHOTOGRAPH BY NICHOLE SOBECKI)

東アフリカの国ソマリア北部にある自治区ソマリランド。首都機能のある都市ハルゲイサから320キロほど離れた海岸沿いのヒジーンレ村は、人口200人ほどの小さな集落だ。村人は、集めた枝を組んで布をかぶせた小屋に住み、古来より受け継がれたラクダ飼いの伝統を守って、半遊牧の牧畜生活を営んでいる。

「ここでは、人間とラクダがお互いを理解しあっています」。2019年12月のある朝、ラクダ飼いのラシード・ジャーマクさんは、村の海岸でラクダの乳をしぼりながらそう話してくれた。自分でははっきりした年齢はわからないが、おそらく50歳くらいだろうというジャーマクさんは、そこにいた数百頭のラクダのうち52頭を所有している。ジャーマクさんの膝に挟んだ円すい形の容器に、しぼりたての乳がたまっていく。

厳しい環境に生きる村人は、ラクダ以外にもヤギ、ヒツジ、ウシを飼っているが、「ソマリ人が最も好きなのは、ラクダです」と、ジャーマクさんは言う。ラクダの乳は、昔からソマリ人の食卓に欠かせなかった。だが、その肉を食べるのは、自然死しようとしているラクダを殺したときだけだ。

昔から、人間とラクダは互いを必要とし、強い愛情で結ばれてきた。ジャーマクさんのラクダは、放牧から戻ってくるとジャーマクさんを認識し、まるでペットのように好意を示すという。

「もしラクダを飼っていなかったら、ソマリの文化は存在しません」

ヒジーンレ村の砂浜に集まったラクダたち(PHOTOGRAPH BY NICHOLE SOBECKI)

ところが今、そのソマリの人々とラクダの関係が、危機にさらされている。

ソマリランドがある「アフリカの角」と呼ばれる地域では、昔から周期的に干ばつが訪れていたが、ここ30年ほどは雨がほとんど降らない年が増え、災害から完全に復興する前に次の災害に襲われるという悪循環に陥っている。15年以降は毎年のように干ばつが発生し、家畜が大きな打撃を受けた。木や草は枯れ、村人たちはラクダの飲み水を求めて何日もさまよい歩く。どこかに水があるという噂を聞き、ラクダの群れを引き連れて行ってみたら、水は干上がっていたということもあった。数週間のうちに数百頭のラクダがバタバタと死んでいくのを、ただ手をこまねいてみているしかなかった。草むらにラクダの骨が点在する風景が、今では当たり前になっている。

干ばつのため、数十万ものソマリ人が域内避難民キャンプや、ハルゲイサなど大都市への移住を余儀なくされている。仕事を求めて域外へ出る人も多い。数は不明だが、ヨーロッパへ渡ろうとして人身売買のわなにはまる人々もいるという。

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