『首切り王子と愚かな女』トル役の井上芳雄とヴィリ役の伊藤沙莉(撮影:加藤幸広)

舞台は雪深い王国。僕が演じる「首切り王子」ことトルには、病床に伏す兄王子のナルがいます。ナルは国や民を思う正統派の王子なのですが、弟のトルは“呪われた子”として親からも国からも見捨てられた存在でした。小さいときに離島に送られて、従者と2人きりで育ち、大きくなってから、ナルが病に倒れたために、反乱分子を鎮圧するために城に呼び戻されます。反乱分子の首を次々と斬るのも、母親に認められたかったり愛されたかったりするためで、深い孤独や葛藤を内面に抱えています。彼の前に、伊藤沙莉さんが演じる「愚かな女」ことヴィリが現れて、召使いとなります。ヴィリもまた別の形で人生に絶望して、死のうとしていました。生きている意味を見いだせなかった2人が出会うことで、彼らと周りの人たちの運命が大きく変わっていくという話です。

蓬莱さんの演出は、人の心をのぞき見するようなリアルなお芝居を求められることが多いので、大規模なミュージカルで大きなお芝居をすることが多い僕としては、演技のスタイルが正反対なところがあります。蓬莱さんと組むときは、普段やったことがないような細かい心情の積み重ねや表現にトライできるのがチャレンジです。蓬莱さんがよく言われるのが、「もともとは自分が書いて創り出した話だけど、役者が演じることで自分の想像や発想を超えるものが生まれる瞬間が好きだし、それを待っているんだ」と。

みんなでお芝居や物語を紡いで、育てていく楽しさ

稽古の本読みのとき、こんなことがありました。首切り王子が自分の剣をなくして、誰かに盗まれたと思い込んで、大騒ぎする場面があります。すごく面白いシーンなので、僕はコミカルな感じを強調するように読んでみて、周りの人も笑ってくれていたと思います。そしたら蓬莱さんは「愚かなシーンだけど、愚かなふうに演じないで真剣に怒ってほしい。周りの人も下手なことをしたら、自分も首を斬られるかもしれないという緊張感の中でやってほしい」と言われました。それで方向性が分かったのですが、そんなやりとりを重ねるうちに、ただ怒っているシーンでも、涙が止まらなくなりながら「殺すぞ」と叫ぶような表現が、どんどん自分の中で湧き上がってきて、それを蓬莱さんは受け入れてくれます。ほかの役者さんも同じで、だから蓬莱さんが言った通り、作品の世界がどんどん大きくなっていくのを、稽古のたびに感じました。出来上がってみると、こんなにも感情が揺さぶられる話なんだと驚いたし、こんなにも悲しくなるんだと演じるたびに感じます。

そうやって、みんなでお芝居や物語を紡いで、育てていくのがとても楽しい稽古でした。ストーリーはシリアスで、周りの人に「メンタル、大丈夫?」と心配されるほどきつい役柄なのですが、お芝居をすることが面白くて、自分でもすごく楽しめていました。

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お客さまの想像力にすべてを委ねる舞台
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