安藤先生 南さんにとって、高校時代の部活が印象的だったのはわかります。でも、思い出してください。企業は、自己PRで「会社に入って活躍してくれるか」をみているわけです。
例えば、高校時代に文学賞をとったとか、オリンピックにでたとか、とても珍しい実績があれば、高校時代のことを書いても構いません。圧倒的なインパクトを企業側にも与えられますし、そんな功績がある人であれば企業に入ってからも何かしらの活躍をしてくれるだろうと感じるからです。
蒼太 確かに。すごい実績ですもんね。
安藤先生 厳しいことを言うようですが、高校時代の部活動や大学受験を頑張ったことは、就職活動をする多くの学生が体験していることです。そのため他の学生との差別化にはつながりにくいと思います。また、数年も前の話では、現在の南さんの力も見えてきません。
例えば、他の学生が自己PRとして、「これまでに一番頑張ったのは小学生のときの少年野球です」と書いていたら、南さんはどう思いますか? 人生のピークが小学生のときなのか、その後はどうしたんだろうと感じませんか?
このように企業側が、南さんが「会社に入って活躍してくれるだろうか?」と考えた時に、できるだけ最近のエピソードの方が効果的なのです。もちろん面接などで聞かれたら、高校時代の活動に触れることは構いません。
蒼太 なるほど……、じゃあ大学時代のエピソードを考えないといけませんね。
「良いところを伝えたい」だけでは自己PRにならない
安藤先生 続いて改善点の3点目です。エピソードをもっと具体的にしましょう。
南さんがガクチカに書いた内容には、例えばアルバイトで「お客様に寄り添い、丁寧に接客することが重要であると学びました」とありますが、どのような体験からこのことを学んだのでしょうか? 全体的に具体性に欠けていて「確かにこの人なら活躍してくれる」という納得感が得られないのです。
蒼太 いやー、「自分の良いところを伝えたい」と思って書いちゃったので。当たり障りのない文章になってしまったかもしれません。
安藤先生 先ほど、「会社に入って活躍してくれるか」を会社はみていると言いました。企業側は、自ら課題を発見して、試行錯誤を通じて解決することができるか否かなど、学生の素質を見極めたいわけです。
良いところを伝えたいという気持ちはあっても構いません。しかし、きれいごとだけ書いても伝わりません。企業は、経験した南さんにしかわからない苦労や困難をどうやって乗り越えたか、そんな具体的なエピソードを知りたいのです。そこから、南さんの行動力や思考の特性がわかるからこそ、「会社に入って活躍してくれるだろうか?」という不安が解消されていくわけです。
蒼太 なんだかちょっと安心しました。変に格好つけて自分をよく見せようとするのではなく、自分にしか書けないことを書けばいいんですね。
安藤先生 もちろんです。ガクチカは自己PRにつながるものですから、自分のことをわかってもらう内容になっていることが重要です。
蒼太 今はガクチカを見てもらったわけですが、「あなたの魅力をPRしてください」「会社にどんな貢献ができますか」など、もっと直接的な自己PRを求められた場合にはどのように書けばいいのでしょうか?
安藤先生 南さん自身はどのように考えますか?
蒼太 うーん、「自分にはこんな得意分野があって、それを生かして会社で頑張ります」といった感じでしょうか。
安藤先生 そうですね。どんな質問のされ方をしたとしても、次のような3段階に分けてアプローチするといいでしょう。
(2)伝えたい内容を決める。
(3)その根拠となるエピソードを複数準備する。
ただしESのスペースには制限があるので、どのエピソードをESに書いて、どれを面接にとっておくのかも検討する必要があります。
蒼太 思っていたよりも大変ですね……。
安藤先生 しかし大変だから意味があるとも言えます。そもそも志望動機とは異なり、自己PRはどんな会社に対しても同じものを使おうと思えば使えます。しかしその企業が一緒に働く新入社員に何を求めているのかをよく検討して、どのような内容を伝えるのかを考えることが有益です。その際にはしっかりと手間暇をかけることが相手へのメッセージにもなるわけです。
蒼太 シグナリングですね!
安藤先生 その通りです。ガクチカに限らず、ESを書くときにはシグナリングを意識することが大事です。さて、次は志望動機を見ていきましょう。
(次へ続く)
日本大学経済学部教授。2004年東京大学博士(経済学)。政策研究大学院大学助教授、日本大学大学院総合科学研究科准教授などを経て、18年より現職。専門は契約理論、労働経済学、法と経済学。厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会で公益代表委員などを務める。著書に「これだけは知っておきたい 働き方の教科書」(ちくま新書)など。