日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/6/29
「赤いチョウ」の割合はどこを捕るかで大きく変わる(イラスト:三島由美子)

5~30%と不眠症の有病率に大きな開きがあるのはなぜ?

さて、冒頭で取り上げた「不眠症」はどうだろうか。診断基準は「不眠症状があり、そのために日中に心身の不調がある」と大変シンプル。調査対象者が不眠症状の「有/無」で回答できるため有病率調査を実施しやすい睡眠障害の一つといえる。実際、これまでに国内でもいくつかの大規模調査で代表性のある有病率が得られている。つまり、「データの代表性」についてはクリアできている。

ところが報告された有病率データを見ると、低いものでは約5%、高いものでは約30%以上と大きな開きがある。なぜこんなにも調査間で違いが出るのであろうか? 理由は大きく2つある。

一つ目の理由は、診断精度の問題である。夜間の不眠症状の有無のみ聴取し、不眠による日中症状を考慮に入れていない調査がある。例えば、年齢相応の中途覚醒があっても日中に元気にしている中高年は比較的多く、この場合は医学的に問題となる不眠症に該当しない。このような調査では不眠症の有病率を過大に見積もっていることになる。「成人の5人に1人」「3人に1人」が不眠症、などとする調査では夜間の不眠症状のみを調査しているデータに基づいている。

不完全な診断基準で調査が行われるのは、それが不眠症を対象にした調査ではないからである。がんや生活習慣病など他の病気の有病率調査の際にたまたま一緒に入っていた「不眠の有無」を問う項目から有病率を算出するとこのようなデータになることが多い。

調査結果に開きが生じる二つ目の理由は、不眠症状の出現頻度の定義が調査によって異なる点である。「月に一度以上」あれば「不眠有り」としている調査もあれば、「週に3日以上」と厳し目に定義している調査もある。前者はかなり以前から多くの調査で用いられている定義で、後者は最も新しい診断基準に合わせている。

当然ながら、頻度のハードルを上げるほど有病率は低くなる。どちらが絶対正しいとも言えないが、あえて区別するとすれば医療機関に受診する患者さんでは「週に3日以上」不眠症状が見られることが多い、つまり重症型の不眠症状と言ってよい。代表性のあるデータで、夜間+日中症状で診断した不眠症の有病率は成人の5~10%の範囲に収まる。医療機関で処方された睡眠薬を常用している人が成人の約3%、頓服を含めると約5%であることが分かっており、この治療実態と照らし合わせても5~10%という有病率は納得できる数値ではないだろうか。

このように、正確な有病率を出そうと思えば、全国規模で多数の人々を対象にして行う必要があり、費用もかさむため、おいそれと行うことはできない。罹患実態が分からなければ効果的な対策も打てない。有病率調査は国の事業としてしっかりと行うべきだと私は思う。

三島和夫
 秋田県生まれ。医学博士。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2021年4月27日付の記事を再構成]