日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/6/29

データの調査規模、すなわち代表性確保と診断精度はトレードオフの関係にある。睡眠時無呼吸症候群の有病率調査を例に挙げよう。確定診断に必須な睡眠ポリグラフ検査を用いたこれまでの有病率調査では数百人規模のものが多く、調査地域にも偏りがあり、データの代表性の面で大いに難がある。一方、イビキや息止まりの有無を家族に回答してもらう質問紙調査であれば数万人クラスの調査が可能だが診断精度は大幅に低下する。

睡眠時無呼吸症候群の有病率は成人の3~5%と高く、生活習慣病など多くの疾患の原因となるなど健康に及ぼす悪影響が大きい。そのため、定期健診に検査を取り入れる企業が増えている。このような検診データが全国で蓄積されればもう少し正確な有病率を算出することができるのではないかと質問を受けることがあるが、残念ながら対象者が「比較的大きな企業に勤めている働く世代の加入者本人」に限られ、その家族はもとより、何よりもリタイア世代のデータが得られない。

出現頻度が低い疾患の有病率調査はさらに厳しい戦いを強いられる。睡眠時無呼吸症候群はほぼ間違いなく毎晩症状が出るので検査さえできれば診断は可能なのだが、多くの睡眠障害は必ずしも毎晩出現するわけではない。例えば、レム睡眠行動障害は月に数度、数カ月に一度など間欠的にしか生じないため、睡眠ポリグラフ検査をしても空振りに終わる可能性が高い(「その寝ぼけ行動、認知症の始まりかも」)。あまりにコスパが悪いため診断精度の高い代表性のある有病率データは得られていない。

いくつかの例を挙げたが、これまでに行われた多くの睡眠障害の有病率調査は「データの代表性」か「診断精度」のいずれかを犠牲にして行われたものが大部分である。

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5~30%と不眠症の有病率に大きな開きがあるのはなぜ?