DV相談、20年度は過去最多 背景に男女の賃金格差も
配偶者やパートナーを傷つけるドメスティックバイオレンス(DV)の被害が深刻です。2020年度は内閣府の窓口に過去最多となる19万件の相談が寄せられました。新型コロナウイルスの感染拡大が被害の実態をあぶり出した面もありますが、専門家からは「被害を認識していない女性も多い」との指摘が聞かれます。
政府は20年、新型コロナ対策として国民1人に10万円を給付しました。申込書は世帯主宛てでしたが、DV被害者は居所が知られないよう避難するケースが多く、被害者にお金が届かない恐れが生じました。
支援団体らの訴えにより、DV被害者が世帯主の住所地以外でも給付金を受け取れる特例が認められました。この特例を横浜市で1280人、大阪市で954人が利用しました。加害者と同居を余儀なくされている被害者からは「夫が給付金を渡してくれない」といった相談も多く寄せられています。
19万件の相談も氷山の一角といえそうです。内閣府が20年11~12月、男女5千人を対象に実施したアンケートでは、配偶者からの暴力を経験したとの回答は約23%に上りました。単純に日本の世帯構成に当てはめると、被害者は1千万人単位になります。富山県を中心に産婦人科医として被害者を支援する種部恭子さんは「夫やパートナーが避妊に協力しないのも性的DVの一種だが、認識していない女性も多い」と話します。
国連の18年の調査では、殴る蹴るなど身体的DVを経験した女性の割合は20%でした。日本は女性の賃金中央値が男性を24%下回り、先進国平均(13%)より格差が大きくなっています。種部さんは「男女の経済格差が家庭内の支配構造を生み出し、女性の避難や自立を困難にしている」と指摘します。
政府も20年からSNS(交流サイト)で相談を受けつけるなど実態把握を進めています。被害者を支援するNPO法人「全国女性シェルターネット」の北仲千里共同代表は「DV対応は電話やSNSの相談にとどまらず、被害者と会って避難を手助けするなどの行動を伴う」と指摘。「現場の支援員を増やすための予算を確保してほしい」と政府に求めています。
DV被害を減らすには教育の役割も重要です。産婦人科医の種部さんは「交際段階でDVの兆候に気づくすべを学校で教えるべきだ」と話します。具体的には「ノーと言っても空気が悪くならない相手を選びなさい」と中学生らに教えているそうです。日常の小さなことでも相手にノーを突きつけ、反応を確かめてみる――。悲劇を招かないための知恵といえそうです。
北仲千里・広島大学准教授「日本のDV対策、世界に遅れ」
日本のドメスティックバイオレンス(DV)対策の課題はどこにあるのでしょうか。被害者支援に携わるNPO法人「全国女性シェルターネット」共同代表の北仲千里・広島大准教授に聞きました。
――日本のDVの現状は国際的に見てどのような水準でしょうか。
「日本は(殴る蹴るなど)身体的DVの被害を受けたことのある女性の割合が2017年に20%だった。台湾(9%)、香港(6%)、シンガポール(6%)などアジアの高所得国・地域に比べて高い。30~40%台に達するインドやバングラデシュに比べれば低いが、先進国では高水準といえる」
――対策は十分ですか。
「世界的に見て遅れている。日本でDVと言えば身体的な暴力ばかり注目される傾向にある。しかし相手への精神的な支配や人格否定も深刻な被害を生むし、パートナー間でも性交の強要は性的DVに含まれる」
「日本の裁判所はDVの加害者を被害者から遠ざける保護命令を出すことができる。しかし命令の対象を身体的暴力や生命に関わる脅迫があった場合に限っている。韓国や台湾では精神的DVや性的DVも考慮し、被害者が包括的にみて追い詰められたケースに保護命令を出す制度を導入している。日本も精神的・性的な暴力を法の中にきちんと位置づけるべきだ」
――新型コロナ禍のDV被害者への支援に求めることはありますか。
「新型コロナのワクチン接種をDVや虐待の被害者が安全確実に受けられるようにしてほしい。接種券は原則として住所地に届くが、住民票を移さないまま避難している被害者もいる。被害者が住所地以外でも接種を受けられるよう、国は権限のある自治体に徹底してもらいたい」
「政府はSNS(交流サイト)や電話の相談窓口を拡充しているが、DV被害者への支援は心理カウンセラーとは異なる。被害者の話を聞くことも重要だが、身の危険がある場合には実際に会って避難を手助けする必要がある。そうした対面支援においては、警察や司法に向き合った経験や、地域の実情への理解が欠かせない。現場の知恵を持つ人材は決定的に不足しており、政府は予算を使って体制を整備すべきだろう」
(高橋元気)
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