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自閉症は「早期対応が命」 病院の外で見つけた最適解

発達障害クリニック附属発達研究所所長 神尾陽子(3)

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NIKKEI STYLE

ナショナルジオグラフィック日本版
 文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。今回は「自閉症」について、発達障害クリニック附属発達研究所の所長で児童精神科医の神尾陽子さんに聞くシリーズを転載します。なかなかイメージしにくい「自閉症」について、神尾さんは科学的なエビデンスによってその実態を明らかにしてきました。治療のみならず支援の環境作りにも奔走してきた神尾さんの姿勢からは、より生きやすい社会になるように、という強い願いが伝わってきます。

◇  ◇  ◇

発達障害クリニック附属発達研究所を主宰する神尾陽子さんが、児童精神科の医師として、また研究者として活動してきた1990年代から21世紀の今に至るまで、「自閉症」の概念や診断や治療や支援をめぐって大きな変化があった。

神尾さんの個人史は、まさにその変化の中にあり、みずからその変化に貢献する部分もあった。だから、ここからしばし、神尾さんがいかにこの分野に関わってきたのか聞いていこう。その中で、自閉スペクトラム症についての理解がより立体的になるのではないかと期待する。

まず、神尾さんは、どのようにして「自閉症」の問題にかかわることになったのだろうか。数ある診療科の中から児童精神科を選び、なぜ自閉症をめぐる問題に惹きつけられていったのだろう。

「私が自閉症だからかもしれません」

神尾さんは、笑いながら言った。

「きっと、どこかにそういうところがあるんじゃないでしょうかね」と付け加えた。

ぼくも笑いながら、その真意を考えた。

この対話のために自閉スペクトラム症にまつわる本を読んだり、神尾さんの話を聞く中で、ぼくが常に感じるのは、紹介される事例への共感だ。対人コミュニケーションがうまくいかなかったり、変なこだわりがあったりして生きづらかったり、といったことは、濃淡の差はあれ多くの人の中にもあるだろう。 だから、ぼくも、自閉症的な特性について説明を受けつつ、「これは自分にも当てはまる」と感じることはしょっちゅうだった。研究者はより深くの自閉症の世界にかかわるわけだから、自分の中にある似た要素を強く感じて惹きつけられるということもあるのではないだろうか。

「私がそもそも医学部に行こうと思った背景は、高校生の時に、脳や心に関する本を読んで、すごく面白かったというのがあります。こういった研究をどこでやれるかというと、心理学かな、医学部かなと思ったけど、当時、『女性研究者の今』とかいう連載が新聞にあって、女性研究者は、男性の後輩がどんどん偉くなっても本人はアシスタントのままだなんて書いてありました。これじゃ、やっぱり資格がないとまずいかなと医学部に入って、最初の関心のまま、精神科に行きました。精神科、特に子どもっていうのはまだ全然研究されていなかったから、これだったら何かちょっと変えられるかもしれないし、面白いことができるかもしれないと思って。その選択は一度も後悔したことはないです」

大学を卒業し、大学病院や総合病院での研修の後、京都の自治体の診療所での臨床の実務にあたる。診断をして治療する中で、神尾さんの心を捉えたのは、自閉症の子どもたちの認知の問題だ。診断は行動を見て行うものだが、その背景には認知の問題がよこたわっている。

「自閉症の子が特有の行動をする時に、認知がどうなっているか調べれば、情報処理の流れの中でどこがうまくいっていなくて、捉えられていないからこういう特徴的な行動になるんじゃないかと、わりと対策につながるような仮説を立てられるんです。認知研究は当時の最先端でしたし、対策につながる仮説を立てられるのが魅力的でした」

1990年代は、ゲノム科学の興隆前夜で、機能的MRIなどを使った脳機能研究は興隆期に入ったところだった。もっとも、神尾さんが駆け出しの研究者として行った認知研究は、当時の最先端機器だったMRIを使うのではなく、伝統的な心理物理学的な手法(与えたタスクに対する反応を物理的な指標で見る手法)で、自閉症の認知メカニズムを探るものだった。よく引用された研究には、こんなものがある。

「自閉症者の言語、というテーマでした。自閉症やアスペルガー症候群の人は(高い言語力を身につけても日常会話がうまくできないのは)自然な連想があんまりうまくいってないんだろうという仮説を立てて、それを検証しました。この仮説の背景には、統合失調症の人は連想が過剰に進みすぎているから支離滅裂なことを言うのではないかという別の有力な仮説があって、じゃあ、自閉症の人は知識がいっぱいあっても、自然な連想が出ないから自然にふるまえないんだろうかというところから始まっているんです」

連想にかかわる刺激を与えて、反応時間を測る。この場合、測定する物理量は時間ということになる。

「会話の中で、ある言葉が出てきたら、次に近い意味の言葉が出てきた時に、定型発達の人は反応速度が早くなるんです。でも自閉症の人は、そのスピードがほとんど速くなりませんでした。前にどんな刺激を与えても回答のスピードはほぼ一定。だから連想という無意識レベルの効果がなくて、そのために会話がむずかしくなるだろうなという結論です。会話をするというのは、相手の話を聞いて、自然に自分の中で連想がわいて、ということの連続じゃないですか。でも、それがないわけだから、自然にできないんです。一方で、絵を見せると連想がよく働くことも分かって、つまり意味は分からないわけではないのに、言葉を使う時に連想が働きにくいわけです」

ぼくたちは言語を当たり前のように使っているけれど、よくよく考えてみるととても不思議だ。書き言葉と話し言葉があって、それらが不思議な形と音を持っていて、目でその形を見たら音が頭に浮かぶ。しかも意味と結びつく。ものすごく複雑な処理をしている。自閉症を持つ人は、その一連の中のどこかがうまく働かなくて、連想が出にくくなるという見立てだ。

「それまでにも自閉症の支援では、絵で見て分かるように構造化していこうという、アメリカ、ノースカロライナ州で始まったTEACCHという環境調整を重視する(包括的な)アプローチがあって、視覚的な情報伝達を重視してきました。言葉ではなく、絵を使って伝えると、自閉症の子もよく分かるんです。ですから、わたしの研究で絵だと連想が働くという結果が出た時には、それを支持する例だと歓迎されました。経験上こうしたらいいって分かっている支援に、根拠を与えるような研究だったと思います」

この時点で神尾さんの方向性がある程度、ほの見えているようにも思う。個々の患者を見つつも背景にある一般性、普遍性について見通したいという願いが強い、というか、治療の根拠となる科学的な知見をユーザーとして活用するだけではなく、みずから産出していこうとする「エビデンス・マインド」の萌芽を感じてならない。

実際、神尾さんは、認知実験を続けていた90年代、まずはイギリスのロンドン大学付属精神医学研究所に留学し、さらにアメリカのコネチカット大学に研究員として滞在することで、1990年代に英米でまずは本格化していた根拠(エビデンス)に基づいた医療(EBM:Evidence Based Medicene)の新風に触れており、ちょうど勃興したばかりの精神医学分野のEBMを日本で実践していくことになる。

「アメリカから帰ってきて、九州大学大学院の人間環境学研究院という心理学系の大学院に赴任したんですが、そこでは、まずコホート研究(集団を追跡する研究)をしようとしたんです。アメリカの研究室にいた時に、大学院生が乳幼児のうちにスクリーニング(選別)できる尺度をつくって、これ日本だったらすぐできるなと思ったのがまずあって、1年間の出生が1000人ぐらいのとある町が乳幼児健診を改善したいと考えていて研究協力してくれることになったので、じゃあ、ここでコホートを作れないかと考えました。自閉症を発症した子の保護者で協力してくださる方が何人いるか分からないけれども、何年間かやって自閉症だけでも100人ぐらいの群を作れれば、いろんな多様性が見えるようになるんじゃないかと。結局、その態勢をとるにはちょっとお金もマンパワーも足りなかったんですが、その中で見えてきたこともたくさんあるんです」

まず、コホート研究というのは、ある集団を時間をかけて追いかけて、その間にどんな要因がどんな病気なり障害なりのリスク要因になるのか割り出してゆく息の長い研究デザインだ。条件を厳密にコントロールした臨床実験などが倫理的に認められないような分野では、最も強い証拠能力があるとされる。しかし、長い期間、追跡を続けなければならないため大変な労力がかかる。

では、失敗に終わったこの試みで得たこととはなんだろう。

「児童精神科の医師をしていただけでは分からないことに出会えたというのが大きいんです。これは京都にいた頃から伏線はあって、私、児童相談所のケースワーカーさんと一緒にいろんな家庭を訪問したりした経験がありました。医師としてクリニックで出会うのは、ものすごくせっぱ詰まって親が死ぬ思いでようやく連れてくるようなケースです。でも地域に出ると、うまく環境を整えることで医療に頼らずにすんでいる人がたくさんいるんです。医師は患者さんを治療することに醍醐味を感じるかもしれないけれど、むしろ早期に発見して、環境を整えてあげたほうがずっといいじゃないですか。自閉症へのベストプラクティス(最適な取り組み)は病院の外にあるというのがその時の発見でした」

「九州の町で、乳幼児健診に来る1歳半の子どもにずっと会い続けて、それでやはり予防が大切だという思いを新たにしました。スクリーニング検査をするのに反対する先生もいて、『早期発見をしても治るわけではないから』『早期発見したら気づかないで育てている親にショックを与えるから』というふうに心配されていたので、本当に注意してやっていきました。実際に、親御さんにお子さんの発達状況をお示しすると、やはりショックを受けて泣き出す方もいらして、でも、同時に、この子はこういうことが得意で、こういうのが好きだっていうのが分かってうれしいって喜ぶ、自分を奮い立たせるためにそうおっしゃるような方々も多かったんです。昨日、夫と家で乾杯したんですよって泣きながら言うお母さんがいました。やっぱり早くから発達の問題に気づけて、支援を受けることで、心の準備をしていただけることも多いと分かったので、そこからはいろいろ言われても、揺らぐことなくやり続けることができました」

繰り返しになるけれど、自閉症であることそれ自体、社会生活を難しくする。しかし、それ以上に、自閉症の影に隠れて見えにくい情緒や行動にかかわる合併症が、のちのち大きな問題になってくる。かつて、精神病院で半生を送らざるを得ないような自閉症患者が多くいたのは、雪だるま式に大きくなったうつや不安などの合併による部分が大きい。そのような転帰にならないようにするために、早期発見と早期支援、さらには環境整備が必要だ。神尾さんはそう強く考えるようになった。

もちろん、それを多くの人に納得してもらって実行に移すには根拠(エビデンス)が必要だ。神尾さんは、まさにその方向に足を踏み出す。

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2020年4月に公開された記事を転載)

神尾陽子(かみお ようこ)
 1958年、大阪府生まれ。発達障害クリニック附属発達研究所所長。児童精神科医。医学博士。1983年に京都大学医学部を卒業後、ロンドン大学付属精神医学研究所児童青年精神医学課程を修了。帰国後、京都大学精神神経科の助手、米国コネティカット大学フルブライト客員研究員、九州大学大学院人間環境学研究院助教授を経て、2006年から2018年3月まで国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所児童・思春期精神保健研究部部長を務める。現在は発達障害の臨床研究や教育・医・福祉の多領域連携システムの構築に携わる傍ら、診療活動や学校医および福祉施設の嘱託医を務めている。一般向けに『ウタ・フリスの自閉症入門』(中央法規出版)、『自閉症:ありのままに生きる』(星和書店)などの訳書がある。
川端裕人(かわばた ひろと)
 1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
 本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた近著『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、ブラインドサッカーを舞台にした「もう一つの銀河のワールドカップ」である『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)。
 ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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