約30年ぶりに金星めざすNASA探査機 謎は解明されるか
米航空宇宙局(NASA)が惑星科学者たちを驚かせた。競争率の高さで知られるNASAの「ディスカバリー計画」の次の2つのミッションの対象が灼熱地獄のような金星に決まったと、記者会見で発表したのだ。
NASAのビル・ネルソン長官は会見で、「2つのミッションはいずれも金星の表面が鉛も溶けるほどの高温になった理由を解明することを目的にしています。科学界全体のために、私たちが30年以上訪れていない惑星を調べることになります」と語った。
「これらのミッションが、地球の進化過程の理解を深め、太陽系のほかの岩石惑星が、現在、生命がすめない環境であるのに対し、地球はなぜ可能となったのかを理解する助けになることを期待しています」
探査機は2機あり、一つは「ダヴィンチ・プラス(DAVINCI+)」という名で、二酸化炭素(CO2)と硫酸の雲で覆われた金星の有毒な大気を調べる。もう1機は「ベリタス(VERITAS)」といい、金星の表面の詳細な地図を作製し、その地質学的な歴史を再現したいと考えている。
ディスカバリー計画の最終段階には、この2機の金星探査のほかに、火山活動のある木星の衛星イオへの探査と、海王星の衛星トリトンへの探査が候補に残っていた。いずれも、惑星科学分野で何十年も前から重視されてきた天体だ。
今回の決定の背景には、そろそろ金星への米国主導のミッションが必要だとする声の高まりもあったとされる。金星は一部の惑星科学者から「忘れられた惑星」とまで呼ばれているが、その大きさや質量は驚くほど地球に似ている。
また、現在の金星は生命がすめない灼熱地獄のような惑星だが、かつては地球と同じように海に覆われた温暖な惑星だった可能性がある。金星がこれほど過酷な環境になった経緯を理解することは、地球によく似た環境の惑星が宇宙にどの程度存在するかを知る上で非常に重要だ。
米ノースカロライナ州立大学の惑星科学者であるポール・バーン氏は、「すぐ隣に地球サイズの惑星なのに、地球とは似ても似つかない環境なのが金星です。なぜでしょう? 非常に重要な問題です」と言う。「地球サイズの惑星の形成、特徴、進化については、かなり大きな疑問があるのです」
NASAのディスカバリー計画のミッションは、「ニュー・フロンティア計画」や「フラッグシップ」といったほかの計画に比べて小規模で低コストのミッションになる。ディスカバリー計画の探査機はほぼ36カ月ごとに打ち上げられているが、ロケットとミッション運用費を除いて通常4億5000万ドル(約490億円)が上限とされている。
ちなみに、ニュー・フロンティア計画のミッションの上限は8億5000万ドル(約930億円)で、火星探査機「パーシビアランス」や「キュリオシティー」といったフラッグシップ級のミッションは数十億ドル(数千億円)規模になる。
NASAは現在、ディスカバリー計画のミッションを2つ実施している。2009年に打ち上げられた月探査機「ルナー・リコネッサンス・オービター」は10年以上にわたって月面の地図を作製しているし、18年に打ち上げられた火星探査機「インサイト」は火星の表面からその内部を調べている。
21年には、ディスカバリー計画の探査機がさらに2機打ち上げられる。「ルーシー」は複数の小惑星を調べて太陽系の初期の秘密を探り、「プシケ」は金属を豊富に含む同名の巨大な小惑星を訪問する。
17年にこの2つのミッションが選定された当時、一部の科学者は、ベリタスやダヴィンチ・プラスなどの金星探査ミッションを差し置いて、2つの小惑星探査ミッションが選ばれたことに不満を表明していた。
念願かなって
そして今、ついに2つの金星探査ミッションが採択され、ベールに包まれていた隣の惑星の真実を明らかにする機会が訪れたというわけだ。
米国が最後に金星に送り込んだ探査機「マゼラン」は、1994年に金星の大気圏に突入するプログラムを実行して終了した。その後もヨーロッパの探査機や日本の探査機あかつきが金星を訪れているし、科学者たちは地上の望遠鏡をこの魅力的な惑星に向けてきた。
とはいえ、調べれば調べるほど金星の謎は深まるばかりだ。例えば、金星の表面では現在も火山活動が続いているが、金星には地球のようなプレート運動がないため、その原因がわからない。
また、金星の大気中から生命の痕跡かもしれないホスフィン(リン化水素、PH3)ガスが検出されたことも話題になっている。
ダヴィンチ・プラスは、30年までに金星に向けて打ち上げられ、地球の大気の90倍もの密度がある金星の大気中を降下し、サンプルを収集してデータを送信する。こうしたデータは、金星の進化や、過去に海があったかどうかを科学者が解明するのに役立つはずだ。
ダヴィンチ・プラスが金星の大気を調べるのに対して、ベリタスは軌道上から金星表面の地図を作製する。これらの画像に加えて、金星表面の化学的性質や地形に関する詳細な情報が得られれば、金星の地質学的な歴史を再現することができ、金星が現在のような灼熱地獄へと進化した経緯が解明されるかもしれない。
「ダヴィンチ・プラス」チームのメンバーである惑星科学研究所のデビッド・グリンスプーン氏は、「われわれのミッションが採択されたことを知った私の叫び声を聞いて、うちのかわいそうな犬は我が家が襲撃されたと思ったようだ」とツイートしている。
グリンスプーン氏は、「私は、文字どおり自分のキャリアのすべてをかけて、このミッションを推進してきました」と語る。
「米国最後の金星探査機マゼランが打ち上げられたのは、私が大学院を卒業した1989年のことでした。気候や、地球型惑星の歴史や、宇宙の生命について、学ぶことはたくさんあります」
(文 NADIA DRAKE、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年6月5日付]
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