日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/6/14

2.中間宿主の動物を介して人間へ

WHOの評価:「可能性が高い~非常に可能性が高い」

コウモリが直接人間に新型コロナウイルスを感染させた決定的な証拠がないため、最初にミンクやセンザンコウなどの別の動物を介して感染したとの説がより有力だと科学者たちは考えている。人間はこれらの動物にコウモリよりずっと頻繁に接触する。農場で飼育されていたり、違法な野生動物の取引で売買されていたりする場合はなおさらだ。

もしウイルスが他の動物に感染したのであれば、人間に害を及ぼすようになった理由も説明できるかもしれない。ただ、ロバートソン氏は、ウイルスが大きく変化する必要はなかっただろうと言う。ゲノム解析によると、新型コロナウイルスは人間だけに適応しているわけではないことが示唆されている。だから、センザンコウやミンクにも、ネコにも、同様に感染する。

WHOの報告書は、これまでに知られているコロナウイルスが人間に感染する際の道筋が、このパターンだったと指摘している。例えば、02年に流行したSARSウイルスは、コウモリからハクビシンを介して人間に感染したと考えられている。一方、中東呼吸器症候群(MERS)の原因となるウイルス(MERS-CoV)は、自然宿主についてまだ完全には明らかになっていないとはいえ、中東全域のヒトコブラクダから人に感染する。

SARS-CoV-2が同じコロナウイルスの一種であるSARSやMERSのウイルスと似ているということは、初期の感染経路も似ていたのではないかと考える根拠になると、米ジョージタウン大学医療センターの感染症の非常勤教授、ダニエル・ルーシー氏は言う。

「肺炎、全身の病気、そして死をもたらすコロナウイルスが3種類あるということになります。これまでのウイルスは序章だったわけです」

しかし、この説が成り立つとしても、中間宿主である動物が何であったかは明らかになっていない。WHOのチームは、中国全土の何千もの家畜から採取したサンプルを分析したが、そのすべてがSARS-CoV-2陰性だったという。だが、WHOのチームは中国の養殖ミンクを十分に検査していないとルーシー氏は指摘している。そして、ラスムセン氏によれば、WHOの調査は表面をなぞっただけであることを報告書も認めているという。

「調査されたのは、中国で養殖、捕獲、輸送されている動物のごく一部です」と同氏は話す。「十分なサンプリングにはほど遠いと思います」

3.冷蔵・冷凍食品からの侵入

WHOによる評価:「可能性がある」

もう1つの説は、ウイルスがコールドチェーンと呼ばれる冷凍・冷蔵食品の流通経路を経由して人間に持ち込まれたというものだ。新型コロナウイルスが中国以外の国で発生し、食品パッケージの表面または食品自体に付着して輸入された、とする説だ。

この説は、昨年の夏に、中国で何度かアウトブレイクが発生した後に広まった。その後、新型コロナウイルスは低温下でより長く生存できることを示唆する証拠も出てきている。

しかし、コールドチェーンが新たな流行の発生に一役買った可能性はあるものの、パンデミックの起源がコールドチェーンにあると考える根拠はほとんどない、と科学者たちはみる。新型コロナウイルスが食品から広がったという直接的な証拠はなく、ラスムセン氏はまた、同ウイルスが物の表面から感染することは稀だとも述べる。

「不可能ということではありません」と同氏は言う。「可能性を排除することはできませんが、この説を支持する根拠が特に有力だとは思えません」

ラスムセン氏によれば、ウイルスが食料の生産から販売までの過程で広がる経路としては、人間が食べるために飼育された野生動物を介して広がる可能性のほうがあり得るという。これは中間宿主説の領域に入ると同氏は話す。

コールドチェーン説は、中国から他の国に疑いの目を向けさせるための主張だとみる評論家もいる。ルーシー氏は、調査が行われた4つの経路の中で、これが最も可能性が低いと考えている。ヨーロッパやその他の国から輸入されるまでの間、包装資材の上でウイルスが生存し続けることはあり得ないというのだ。また、なぜこれらの感染症が他の地域ではなく武漢で発生したのかも疑問だという。

「私に言わせれば、荒唐無稽な話です」

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