新型ベンツSクラス 先端技術でスマホ並みの簡単操作
高級車の代名詞、メルセデス・ベンツ「Sクラス」が2021年1月、8年ぶりにモデルチェンジした。保守的と思われがちな高級セダンだが、実は積極的に先進技術が取り込まれているという。新型Sクラスは、どんなクルマに進化したのか。自動車ジャーナリストの小沢コージ氏がリポートする。
実はどこよりもデジタル化に積極的
原点にさかのぼると1951年生まれのタイプ220にたどり着く、伝統セダンのメルセデス・ベンツ「Sクラス」が8年ぶりに生まれ変わった。ビー・エム・ダブリュー(BMW)の7シリーズやアウディA8、レクサスLSなどのライバルを、今も販売で圧倒するベストセラーであり、名実共に高級車の代名詞と言える。
そう聞くと、古くからの伝統や不文律を厳格に守った、カチコチの保守的な存在を想像するかもしれない。だが、実際は正反対だ。確かに伝統を大切に守り続けている面もあるが、同時に驚くほど攻めの姿勢も見せている。例えば、ライバルの中でも最も積極的にデジタル化に取り組んでいるのだ。
新型に乗るなり目に付くのは12.8インチの大型「メディアディスプレイ」だ。黒色の深みも美しい有機ELパネルを採用したタッチ式ディスプレーで、ここにほとんどの機能が集約されている。足回りや先進安全などの車両設定はもちろん、空調、ナビゲーション、オーディオなどを分かりやすく操作できる。
試してみて楽しかったのは、「コンフォート」と書かれたハスの花のアイコンをタップすると選べる快適機能。中でも「リラクゼーション」と呼ばれるシートマッサージ機能に驚いた。いまや、どの国の高級車でも何らかのリラックス機能を備えているが、ことマッサージ性能に関してはこれまでレクサスLSが一番だった。硬めの空気玉で背中を押してくれるそれはまさしく「指圧」。米国でも「shiatsu」と表現されているほど、日本車の独壇場だった。しかし新型Sクラスの指圧感覚もなかなかの高レベルで、「ウェーブ」という微振動はかつてない味わいだった。いろんな意味で攻めている高級車なのだ。
指紋認証に音声認識。スマホライクな使い心地
使い心地もどんどん進化しており、ある意味パソコン化しているとも言える。例えば、運転席に座った途端、指紋認証でドライバーを特定してシートやナビの設定を呼び出してくれる。クルマの周囲を表示する映像もすごい。車両の周囲に設置された複数のカメラ映像とバーチャルな車両のイラストを組み合わせて、まるで自車を後ろから見ているかのような映像がモニターに映し出されるのだ。
コンパクトなAクラスから導入したインフォテインメントシステム「MBUX(メルセデス・ベンツ ユーザー エクスペリエンス)」の進化も印象的だ。MBUXには「ハイ、メルセデス」と話しかけることでさまざまな機能を実行する音声認識機能があるのだが、新型Sクラスでは、前後席のどの位置に座っている人が話しかけているのかを聞き分けられるようになったのだ。つまり右後席で「暑い」と言えば、そこを中心にエアコンの冷気を届けることもできる。
ひと足先にEクラスから導入した、現実映像に案内表示を重ねる「AR(拡張現実)ナビゲーション」も面白い。ナビの画面に表示された実際の映像に、巨大な矢印のイラストが浮かび上がり、どちらに曲がるのかをドライバーに分かりやすく伝えてくれるのだ。パワーシートもタッチ操作となり、明らかに体験のデジタル化、スマートフォン化が進んでいる。
先進安全性能もアップデートされた。搭載するセンサー類を列挙すると、フロントマルチモードレーダー、フロントロングレンジレーダー、フロントステレオカメラ、後方マルチモードレーダー、360度カメラ、12個の超音波センサーなどが搭載され、機能を強化。交差点や曲がり角での右左折の際に、対向車の接近や自転車、歩行者の飛び出し、巻き込みなどの危険を検知して警告や自動ブレーキが作動するようになった。レベル3相当の自動運転機能の追加も視野に入れているという。
新しさと伝統の両立が、Sクラスのすごさ
ここまでSクラスの「新しさ」を紹介してきたが、小沢が心の底から感心したのは、デジタル化と並行して、従来のSクラスの価値観、走りの良さもしっかり進化させていることだ。
試乗したのはS400 d 4MATICという新世代ディーゼルモデル。全長5180×全幅1920×全高1505ミリメートルという堂々たるサイズで、ホイールベースも3105ミリメートルとアップした。しかし容姿は以前より美しくエレガントになっており、フロントマスクに以前のような権威主義的な雰囲気は漂っていない。それどころかサイドには「キャットウォークライン」と呼ぶシンプルな曲線のみが入り、リアのなだらかなラインはまさしくクーペライク。かつての威厳ある箱型ボディーからは想像もできない変貌だ。
それでいて走りにはビックリするほど伝統的な味わいが残っている。今回のモデルチェンジで、3L直列6気筒ガソリンターボを搭載する上級グレード「S500 4MATIC」「S500 4MATIC ロング」はマイルドハイブリッド化されたが、小沢が乗った3L直列6気筒ディーゼルターボには電動化技術は採用されていない。それでも単体で最高出力330ps、最大トルク700Nmという余裕たっぷりのスペックだけあって、低回転から重厚かつ歯切れの良いトルクをコンコンと発揮し、巨人の手で後ろから押されるような圧倒の加速感だ。9速ATを備えるため、ほとんどのシーンでエンジンは3000回転を超えない。
乗り心地も、走りだした途端に「ああ、再び帰ってきた」と感じる、Sクラス独特の滑らかさと安定感は健在。これだけでもクルマ好きは参ってしまうが、今回は加えてハイテク小回り性能も盛り込まれた。新たな後輪操舵(そうだ)機構のおかげで最小回転半径は5.4メートル。弟分のEクラス顔負けの扱いやすさである。
「これぞSクラス」という伝統をしっかり守りつつ、最新の技術を真っ先に取り込む先進性も備える。この「伝統力+ハイテク」の合わせ技こそがSクラスのすごさ。守りつつも攻める。それが今回のSクラスの白眉なのである。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」など。主な著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 出雲井亨)
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