日経ナショナル ジオグラフィック社

T2R遺伝子群の中でも特によく研究されているのがT2R38遺伝子だ。この遺伝子がコードするT2R38苦味受容体の多様性は、ブロッコリー、キャベツ、芽キャベツといった多くの野菜に豊富に含まれる苦味成分(フェニルチオカルバミドやプロピルチオウラシルなど)への耐性と相関している。

スーパーテイスターであることと病気との関連が指摘されたのは、実はこれが初めてではない。スーパーテイスターは大腸にポリープができる可能性が高い。大腸ポリープは、そうした苦味のある野菜の摂取量が少ないことと関連し、がんのリスク要因だ。

一方で、スーパーテイスターには生理学的なメリットもある。T2R38苦味受容体は実のところ、舌以外の場所にも存在している。その「口外」エリアの一つが、鼻や上気道を覆っている上皮細胞であり、T2R38受容体はこうした場所に侵入してきた病原体に反応する。

米フィラデルフィアにあるペンシルベニア大学の鼻科医ノーム・コーエン氏が12年に医学誌「Journal of Clinical Investigation」に発表した研究結果では、副鼻腔(ふくびくう)感染症の原因となる細菌が、気道を覆う細胞にあるT2R38受容体を活性化し、一酸化窒素を生成させることがわかった。一酸化窒素は免疫反応の重要な要素であり、侵入してくる病原体に対する最初の防衛ラインだ。この物質は、異物や病原体を体外に排出する、呼吸気道内の繊毛(せんもう)と呼ばれる毛状の構造物を刺激する。その結果、スーパーテイスターは、細菌性の副鼻腔感染症にかかりにくくなる。

気道内の自然免疫とかかわりのあるT2Rを研究しているバーラム氏は、03年にアジアで初めて報告され、22カ国に広がって呼吸器疾患を引き起こしたSARSウイルス(SARS-CoV)に対し、一酸化窒素がその活動を阻害することを知っていた。そこで氏は、新型コロナ感染症とスーパーテイスターの間に関連が存在するかどうかを調べることにした。

ノンテイスターは重症化傾向

バーラム氏のチームが対象としたのは感染歴のない成人1935人で、そのうち266人が調査期間内に新型コロナウイルスの陽性反応を示した。ノンテイスターは、テイスターやスーパーテイスターに比べて、陽性となる割合、感染後に入院する割合、長期間症状を経験する割合が有意に高かった。入院が必要なほど重症だった人の86%はノンテイスターだった。スーパーテイスターのうち、陽性反応が出たのは6%に満たなかった。

バーラム氏はまた、T2Rと新型コロナ感染症との間に関連があるとすれば、それは一般に子どもが感染しにくいことと関係しているのではないかと推測している。

「味覚受容体の数は年齢とともに減少するため、高齢者が若年層よりも症状が悪化するのはそのためではないかとも考えられます」とバーラム氏は言う。これとは逆に、T2Rをより多く持つ大半の子どもたちは、新型コロナに感染してもさほど重症化しない。「ノンテイスターである25%の子どもたちは、T2Rが非常に少ないかまったくなく、その結果、症状がより重くなる可能性があります」

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さらなる研究が必要