日比谷音楽祭で初「野音」 コラボに刺激(井上芳雄)
第94回
井上芳雄です。5月29日に日比谷公園から無観客でオンライン生配信された「日比谷音楽祭2021」に出演しました。島田歌穂さん、中川晃教くん(アッキー)と一緒に「日比谷ブロードウェイ」として、日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)でKREVAさんやいきものがかりさんらいろんなアーティストと同じステージに立ち、コラボしたり、ミュージカルの曲を歌ったりしました。天気にも恵まれ、屋外の開放的な空気の中で音楽祭の素晴らしさを堪能しました。
日比谷音楽祭は、日本の野外コンサートの歴史をつくってきた音楽の聖地「野音」を擁する日比谷公園で、いろんなジャンルの音楽を無料で体験できる、誰もに開かれた音楽イベントです。無料の開催は、クラウドファンディングや企業の協賛、助成金によって実現しています。音楽プロデューサーの亀田誠治さんが開催を呼びかけて、実行委員長となり、一昨年に始まりました。昨年は中止となり、今年は2年ぶりに5月29・30日に日比谷公園で開催の予定でしたが、緊急事態宣言の延長を受けて、無観客のオンライン開催となりました。
僕たち日比谷ブロードウェイが出演したのは5月29日、18時30分から20時まで野音で催された「Hibiya Dream Session1」。亀田さんを中心に日比谷音楽祭のために結成されたスペシャルバンド「The Music Park Orchestra」が、KREVAさん、日比谷ブロードウェイ、Little Glee Monsterさん、いきものがかりさん(出演順)を迎えてのスペシャルセッションです。11歳のドラマー、YOYOKAちゃんもコラボレーションアーティストとして参加しました。
日比谷公園は、帝国劇場などミュージカルを上演している劇場が立ち並ぶ劇場街のすぐそばなので、音楽祭に来られた方にミュージカルの魅力を知ってもらおうと、ミュージカル俳優が集ったのが日比谷ブロードウェイです。一昨年は、僕と田代万里生くん、屋比久知奈さんの3人がONGAKUDO(小音楽堂)でミュージカルナンバーを歌う30分のミニライブを披露。今年は、スケジュールの都合もあって、新たなメンバーと共に、いろんなミュージシャンの中にミュージカル俳優が入って歌うという、また違ったコンセプトに臨みました。
僕が野音のステージに立ったのは初めて。やっぱりすてきなところでした。歴史のある場所だし、お天気も良くて、木々の緑が美しく、野外で過ごすには最高の季節です。リハーサルは昼間で明るくて気持ちがよく、本番は夕方から夜になる時間帯なので、歌っているうちに周りが次第に暗くなっていく様子は、劇場の中では見られない光景でした。
日比谷ブロードウェイとしては、ミュージカル『モーツァルト!』からのデュエットソング『愛していれば分かり合える』と、映画『グレイテスト・ショーマン』から『ディス・イズ・ミー』の2曲を歌いました。『愛していれば分かり合える』は以前、歌穂さんのコンサートで同じメンバーで歌ったことがあり、東宝ミュージカルの代表曲としてもいいかなと。バンドの方が編曲をしてくださったのですが、ドラムの入り方や間奏のアレンジが舞台とはちょっと違っていて、「いつもと違った形で歌えるのはうれしい」とアッキーは喜んでいました。『ディス・イズ・ミー』はミュージカルをよく知らない人でも分かる曲ということで、女性のナンバーですが、アッキーは声が高いし、3人で振り分けるのにもちょうどいいだろうと。編曲はやはりバンドの方ですが、声の振り分けをしてくれたのは僕たちの声をよく分かっているピアニストの大貫祐一郎さん。3人で歌うのは初めてでしたが、やはり力があるナンバーだし、選んでよかったです。
コラボも楽しかった。KREVAさんとは『国民的行事』を一緒に歌いました。モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』をサンプリングした曲で、クラシックのメロディーに歌詞をつけているパートを僕たちが歌い、その間にKREVAさんがラップをはさみます。ラップを間近で聴くのもコラボも初めてなので、KREVAさんのラップの間、どういうノリでいればいいのか分からず、最初は戸惑いました。「ラッパーみたいに動かなくてもいいので、いつも通りで大丈夫ですよ」とKREVAさんが言ってくれたので、みんな自然な感じでのっていけたように思います。韻を踏みながら言葉をつなぐのも、伝えているメッセージもかっこよくて、ラップは面白い、と刺激を受けました。
KREVAさんとは、「最近の演劇界はどうなってるんですか」とか、逆に「ライブはどうしてるんですか」といった話もしました。新型コロナウイルス禍で、今は違うジャンルの人とはなかなか交流ができなかったり、新しい出会いもなかったりするので、いろんな話ができてうれしかったですね。
Little Glee Monsterさんは、僕がもともと好きなグループなので、リハーサルでは誰もいない客席で1人手拍子をしながら聴いていました。向こうからも見えたみたいで、あとで「聴いていてくれて、ありがとうございました」と声をかけてくれました。
最後は出演者全員で、いきものがかりさんの新曲『今日から、ここから』を歌いました。今回の音楽祭のために亀田さんと作った曲だそうです。本番のぎりぎりまで、歌穂さんやアッキーと「ここのコーラスはこうだよね」と打ち合わせて、いきものがかりの水野良樹さんとは「これで合っていますか」「大丈夫ですよ、今日できた形が正解なので」といったやりとりがあったり、吉岡聖恵さんには「歌穂さんの声がすごく詞に合ってましたね。歌ってもらえてうれしかったです」と言ってもらえたり。一緒につくっている感じは、やっぱり音楽祭だなと。出演者のみなさんが終始、「一緒にやりましょう」というスタンスでいてくださったのが、ありがたかったです。みんなでワイワイやれたことが幸せだったし、歌穂さんやアッキーも「こうありたいよね」と感激していました。
実行委員長の亀田誠治さんはエネルギーの塊
実行委員長である亀田さんと初めてお会いしたのは、2年前に音楽祭を立ち上げられたとき。もともとの発想は、ニューヨークのセントラル・パークでやっていた無料の音楽フェスティバルを見て、日本でもできたら最高だなと感じたのがきっかけで、日比谷公園での音楽祭を思いついたそうです。それでミュージカル界からもぜひ参加してほしいというお誘いをいただき、日比谷ブロードウェイにつながりました。その後もいろんな話をするなかで、ほかのジャンルの方とコラボしてみたいという僕の願いが、今回実現しました。
亀田さんは、ものすごくエネルギーのあるポジティブな方。亀田さんだからこそみんなが集まってきて、これほど大きなイベントが成立したのだと今回あらためて感じます。いつでも笑顔で、音楽界の大物プロデューサーなのに、相手を緊張させたりするようなところが全くありません。今年の音楽祭も、やることは膨大だし、状況がどんどん変わり、あきらめないといけないことも多かったと思うのですが、全然ネガティブな顔を見せない。逆に前向きに捉えて「いいですね、それ」「うまくいきますね」という言葉が返ってきます。ポジティブなエネルギーの塊みたいな人です。
本番前も、「思いっきりやってください。楽しみましょう」みたいに言ってくれました。僕たちはトークで何をしゃべるか決めてなかったのですが、アッキーがいつもやっている即興ミュージカルを、ここで見てもらおうと思い、その場で振ってみました。もちろん歌穂さんも巻き込んで。そしたらアッキーはミュージシャン魂が湧き上がってきたみたいで、亀田さんにも突然振ったりして、ステージはカオス(混沌)になってしまいました(笑)。亀田さんはそういうことも全部許してくれるというか、包み込んでくれる懐の広さがあります。ミュージシャンのマインドなのかもしれないですけど、自分の世界をしっかり持っていて、心も開いているという、すてきな在り方だと思いました。
日比谷公園や野音の開放的な空気も、音楽祭を盛り上げてくれました。2年前もそうでしたが、ずっと晴れていて、すごく気持ちよかったです。本当に、お客さまがいないことだけが悔しいことでした。でも、自分のコンサートでもそうでしたが、今はやれたことを喜んだり感謝しないといけないでしょうね。それが来年につながっていくと思うし。次は何ができるかなという話を、歌穂さんやアッキーともしました。もちろん来年は違うメンバーかもしれないし、僕がいるかどうかも分かりません。でも、ミュージカルの素晴らしさを多くの人に知ってもらえるよう、日比谷ブロードウェイが参加し続けることはとても大事なことだと思っています。
久しぶりのプリンス役は「首切り王子」
6月15日からはPARCO劇場で新しいお芝居『首切り王子と愚かな女』が開幕します。今はその稽古の真っ最中です。ミュージカルではなくセリフだけのストレートプレイで、蓬莱竜太さんが作・演出のオリジナル作品です。蓬莱さんとはずっとやりたいと言い続けてきたのですが、一緒にやるのは6年ぶりで4作目。今回はダーク・ファンタジーで、僕の役柄もいつもと大きく違っています。
舞台は雪深い暗い王国。僕が演じるのは「首切り王子」と呼ばれている第二王子トルです。彼には兄ナルがいて、第一王子のナルのほうは母親から溺愛されて育ち、一方のトルは幼い頃から「呪われた子」とされて城から遠ざけられていました。ところが兄が病に倒れたことで、反乱分子を鎮圧するために再び城に戻されて、使命に燃えたトルは反乱分子の首を次々に落とし、首切り王子として恐れられるようになります。
僕はずっと「ミュージカル界のプリンス」と呼ばれてきましたが、実際に王子役をやったことは少なくて、今回久しぶりのプリンス役だと思ったら、なんと首切り王子というダーク・プリンスでした(笑)。残忍で、かんしゃく持ち、自分の立場を利用して威張ったり、思い通りにならなければわめきちらすという最悪の性格です。それゆえにみんなに嫌われています。みんなに嫌われる役はやったことがないので、全く慣れません。誰も僕の方を見なかったり、冷たい視線で見ている状況に、「何だこれは……」と内心思いながら演じています。逆に言うと、わめきちらしたり、自分の意見を押し付けたりするのは、演技だからできる新鮮なこと。そこが今回のチャレンジだし、どんな首切り王子が生まれるのか。自分でもワクワクしながら、稽古に取り組んでいます。
ミュージカルを中心に様々な舞台で活躍する一方、歌手やドラマなど多岐にわたるジャンルで活動する井上芳雄のデビュー20周年記念出版。NIKKEI STYLEエンタメ!チャンネルで月2回連載中の「井上芳雄 エンタメ通信」を初めて単行本化。2017年7月から2020年11月まで約3年半のコラムを「ショー・マスト・ゴー・オン」「ミュージカル」「ストレートプレイ」「歌手」「新ジャンル」「レジェンド」というテーマ別に再構成して、書き下ろしを加えました。特に2020年は、コロナ禍で演劇界は大きな打撃を受けました。その逆境のなかでデビュー20周年イヤーを迎えた井上が、何を思い、どんな日々を送り、未来に何を残そうとしているのか。明日への希望や勇気が詰まった1冊です。
(日経BP/2970円・税込み)
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)、『夢をかける』(日経BP)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第95回は6月19日(土)の予定です。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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