「最悪の上司」から脱皮 部下はダイヤの原石と気づくローソン 竹増貞信社長(下)

ローソン社長 竹増貞信氏
ローソン社長 竹増貞信氏

ローソンの竹増貞信社長は三菱商事から2014年にローソンに転じた。現場を巡り、本音に耳を傾けることを心がけてきた。社員のほか、店舗運営に携わるオーナーやスタッフも含め計約18万人の先頭に立つ。自身の組織論について「誰もが原石。仲間の良いところを見つけ、高め合える組織にしていきたい」と話す。

(上)最後は本部が加盟店を守る コロナ下で現場回り2倍に

――どんな学生時代を過ごしましたか。

「可もなく不可もない学生時代でした。スポーツも勉強もずっと、そこそこだったんです。高校は進学校に通い、大阪大学に進みましたが、周りにはもっと賢い人がたくさんいます。関西弁で言う『かなわんなあ』の状態でした。ただ、そこそこであることを言い訳にして、楽な方を選んでいたのだと思います」

「転機は就職活動です。定年まで約40年間勝負するならどんな会社がいいのかを考えました。結論は1番とされるポジションでやってみること。一流の人がいる場所で働いてみたいと思いました。就職活動は業界1位の会社だけを回りました。いま考えると視野が狭いですよね」

「商社を選んだのは海外を近くに感じられるからです。父は小さな繊維商社を営んでおり、よく海外出張をしていました。スーツケースに生地のサンプルを入れて日本をたち、欧州から米国を回って1カ月ほどで帰国するのが定番ルートでした。自宅に戻ってスーツケースを開くと、生地のサンプルを詰めたスペースが全て土産物に替わっていて、その時の少しかびたチョコレートの匂いが自分にとっては外国でした。父のパスポートにはいろいろな国のスタンプが押してありました。自分もいつかは海外で仕事をするという思いがあったのかもしれません」

上司から「箸にも棒にもかからない」

――部下をどう育てましたか。

「三菱商事で畜産部に配属され、肉類の営業をしていました。営業は得意だという自覚があり、良い成績も残していました。30歳くらいで2~3人の部下がいたのですが、ちょうど経営者になることを意識し始めた頃です。上司からある日、『経営者を目指すなら、箸にも棒にもかからない。そのままでいいのか考えて行動しろ』と言われたことがありました」

「当時の私は最悪の上司ぶりを最大限に発揮していました。後輩が電話でてこずっているのを見つけると、俺がやってやると受話器を奪うこともありました。ただ、自分一人が躍起になったところで、1.5人分の仕事にしかならない。営業マンとして個人では認められても、同じチームにいる部下を育てられていなかったのです」

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