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脳にはいくつになっても「変化する力」がある

もっとも、20歳代で脳の加齢がゆっくり始まるといっても、そのスピードは緩やかで、直ちに脳機能に影響が及ぶわけではありません。ただ、脳の神経細胞の数はどんどん減っていき、ごく一部を除いては、その後に増えることはありません。その代わり、神経細胞同士の結合、すなわち「神経細胞間のネットワーク」を増やすことはできます。そして、健康な脳を維持するために大切なのは、実は神経細胞の数よりも、このネットワークのほうです。

「脳の発達」とは、神経細胞同士が結びついていき、それにより脳の体積が大きくなることを意味します。この脳の発達には、先述したようにそれぞれのピークがあります。そして発達のピークの時期を過ぎると、脳の回路を増やすことは難しいとかつては考えられていました。ところが、ピーク期より時間はかかるものの、脳に刺激を与え続けることで、いくつになっても既存のネットワークを強化したり、新たなネットワークを広げたりすることができることが分かってきました。

「脳はいったん完成すると、その後は形態が変わることはなく、加齢や病気による萎縮が起これば変化すると考えられてきました。しかし、2004年に科学雑誌『ネイチャー』に掲載されたドイツの大学の研究チームが行った実験報告をはじめとする様々な研究から、成人してからも神経細胞同士をつなぐ情報伝達回路を変化させ、それによって脳の体積を増やすこともできることが明らかになっています。こうした脳の変化する力は『可塑(かそ)性』と呼ばれています」(瀧さん)

いくつになっても、少なくとも「海馬」は神経細胞が新生する

「可塑性」のほかにも、近年の研究で明らかになったことがあります。先ほど「脳の神経細胞の数はどんどん減っていき、ごく一部を除いては、増えることはない」と述べましたが、このごく一部の例外では、いくつになっても神経細胞が新たにつくられていることが、1998年、米国のソーク研究所のチームによる研究で判明したのです。

その例外が起こっているのが、「海馬」と呼ばれる領域です。

脳の細胞は脳が完成した後に新しく生まれることはないと考えられてきたが、少なくとも記憶を司る「海馬」は、何歳になっても神経細胞が新生していることが近年分かった。画像=(C)decade3d-123RF

海馬は記憶のコントロールという重要な役割を担っています。「アルツハイマー型の認知症は、この海馬の萎縮から始まり、高次認知機能を司る前頭葉の萎縮へとつながっていきます。その結果、思考力や判断力といった認知機能の低下が起こり、最終的には歩く、食べるといった生きるために必要な運動領域のコントロールも失っていくのです」(瀧さん)

つまり、認知症の予防をはじめ脳の健康を保つには、海馬と前頭葉の体積を維持することが重要だと考えられるわけです。「いくつになっても海馬で新たな神経細胞がつくられることに加えて、外部の刺激によって変化する『可塑性』によっても、海馬をはじめとする脳の体積を増やせることが分かっています。このことは、脳は何歳からでも変えていくことができるという大きな希望といえます」(瀧さん)

大人の脳には刺激を与え続けることが重要

大人の脳を成長させたり、健康な状態を維持したりするためには、脳に「刺激」を与え続けることが重要です。神経細胞をつなぐ情報伝達回路のネットワークは、使えば使うほど太く、丈夫になっていきます。

それには、主に3つの刺激を与えることが重要だと、瀧さんは指摘します。その3つの刺激とは「好奇心」「有酸素運動」「コミュニケーション」です。また逆に、脳の老化、萎縮につながる要因も、大きく3つあるといいます。それは「喫煙・飲酒」「肥満」「ストレス」です。

この記事は、「『脳は加齢で衰える』は誤解 何歳でも『脳力』は成長する」https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/20/102600036/102700002/(田村 知子=フリーランスエディター)を基に作成しました。

[日経Gooday2021年5月10日付記事を再構成]

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