政府の重要性認識させたパンデミック

サックス それに加えて、パンデミックが人々に認識させたのは、政府の重要性です。新型コロナウイルスの感染拡大は人々に様々な心理的な影響を与えていますが、その中には政府の役割に対する認識も含まれます。

政府の役割は、社会をよりよくすることであり、国民の命を守ることであり、国民を危機から守ることであることを実感した米国民は、気候変動問題に対しても、政府が積極的に関与すべきだと考えるようになったのです。その意味でパンデミックは気候変動問題の進展に間接的な影響を与えていると思います。

パンデミックのいま、米国民の間では「この危機を乗り切る解決策を考えるのは政府であるべきだ」という考え方が広がっています。地球の危機はパンデミックにとどまりません。気候変動、公害、教育、貧困、ヘルスケア、インフラ整備、環境保全など多くの社会課題の解決に向けて、米国政府が積極的な役割を果たすべきだと考えるようになりました。政府の役割という観点からみれば、現在、米国政治の歴史は大きな転換点を迎えていると言ってもいいと思います。

私はこの政治意識が継続することを期待しています。トランプ政権下の米国はあまりにも公益に対する意識が低すぎました。政治は国民の課題を解決するために存在すべきです。パンデミックが米国民の政治意識の変化に一役買っているのは間違いありません。

佐藤 なぜ日本は気候変動問題対策で後れをとってしまったと思いますか。

サックス 2つ要因があると思います。1つは東日本大震災の影響です。2011年の東京電力福島第1原子力発電所の事故以来、日本では原子力発電所の是非をはじめ、エネルギー政策をめぐる議論が続いてきました。

(c)Gabriella C.Marino, 2019

日本の再生エネ移行には地理的制約

サックス 世界は再生可能エネルギーへと移行しつつある。ところが、日本には太陽光発電に適した広大な砂漠や土地があるわけではありません。米国、中国、あるいはサハラ砂漠をもつアフリカの国々であれば、太陽光発電へと大きく舵(かじ)をきれますが、国土の小さな日本はそうはいきません。こうした地理的な制約に、原子力発電所の問題が加わり、議論がさらに複雑化しました。

もう1つがトランプ政権の誕生です。トランプ政権の4年間は、日本政府の対米政策全般に大きな混乱をもたらしたと思います。その中にはエネルギー政策も含まれます。先ほども述べたとおり、オバマ氏とは打って変わって、トランプ氏は気候変動問題に一切興味を持ちませんでした。

日本政府にとって大切なのは、米国大統領と友好的かつ安定した関係を保つことです。ところがその米国大統領は石炭産業の復興を掲げ、クリーンエネルギーには反対の姿勢を表明しました。国連やEUが気候変動対策を推進する一方で、米国政府はパリ協定からの離脱を発表し、逆の方向に向かっていました。日本政府の方針が迷走したのも無理はありません。

今年、バイデン政権が誕生し、日本もようやく大手を振ってこの問題に取り組めるようになりました。日本政府は気候変動問題の解決に大きな役割を果たせることをすでに認識しています。世界で最も先進的で、最も優れた技術をもつ国の1つである日本は、低炭素エネルギーへと舵を切り、技術変革を主導すべきです。それは日本経済の成長、環境だけではなく、国際社会における日本のプレゼンスにとっても大切なことだと思います。

ジェフリー・サックス Jeffrey D. Sachs
コロンビア大学教授。同大学ユニバーシティ・プロフェッサー(教員に授与される最高位の名誉称号)。専門は開発経済学。国際連合「持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)」ディレクター。国際連合事務総長特別顧問としてSDGs策定に携わる。米タイム誌「世界で最も影響力のある100人」に2度選出。著書『貧困の終焉』(2005)は世界的なベストセラーになった。近著に『The Ages of Globalization: Geography, Technology, and Institutions』(2020, Columbia University Press)。

※ジェフリー・サックス氏(下)は6月14日(月)に公開予定です。本シリーズは随時公開します。

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