「研究者が本気でがんの証拠を探し始めたのは、ここ数十年のことに過ぎません」。氏は1つの研究だけで過去のがん発生率を推測することに対しては注意を促すものの、ミッチェル氏の手法をより多くのサンプルに適用すれば、より地域と時代を広げて過去のがんを調査することができると述べる。

ミッチェル氏が最も期待しているのは、この研究が現代医学に与える影響だ。タバコや工場が出す煙、自動車の排ガスなどの発がん性物質が、現在の私たちにどのような影響を与えているかを、科学者たちは知っている。しかし、がんが産業革命以前の社会にどのような影響を与えたかを知ることは、それらの発がん性物質が人間の健康にどのような変化をもたらしたかを定量的に把握するのに役立つ可能性がある。

「臨床医としては、がんの有病率の傾向を知るために、長期にわたるデータが欲しいところです。発がん性物質を取り除くことは、どの程度の影響があるのでしょうか」。また今回の研究は、太陽光線、鉛、室内での火の使用、ウイルス、寄生虫など、非工業由来の発がん性物質の影響をより理解するのにも役立つとミッチェル氏は話す。

両氏とも、すべてのがんがタバコや産業汚染物質などの発がん性物質によって引き起こされるわけではなく、年齢、遺伝、突然変異なども関係している点を強調する。「汚染物質や喫煙を完全に取り除いたとしても、がんは減るとはいえ、なくなるわけではありません」とミッチェル氏は言う。

それでも、古病理学と現代医学を連携させることで、いつの日か「体に良くないあるものが、がんのリスクをどの程度高めたり低めたりするのかを定量的に把握できるようになるかもしれません」と氏は述べる。

たとえそうでなくても、古代の骨のがんの診断を続ける価値はあるとキャンベル氏は言う。「ある程度の不確実性は常にありますが、それでよいのです」と氏は語る。「私たちは、常に明確な答えを得られなくても構わない、と思えるようにならなければなりません」

(文 ERIN BLAKEMORE、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2021年5月20日付の記事を再構成]

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