江口のりこさん 我が道を歩みながら確かな居場所築く
最近はテレビドラマの世界において「バイプレーヤー」というワードとともに、脇役俳優さんたちへの関心が高まっています。この1年、脇役として立て続けにその姿を見ることが多かった役者さんと言えば、江口のりこさんになるのではないでしょうか。
昨夏の大ヒットドラマ『半沢直樹』(TBS系)でのこわもての女性大臣役は大きな反響を呼びました。その後に放送された『#リモラブ ~普通の恋は邪道~』(日本テレビ系)では、主人公の産業医をやさしい包容力でサポートする精神科医になりきりました。
年明けから演じたのは、『その女、ジルバ』(東海テレビ・フジテレビ系)で主人公が勤務する倉庫をグループリーダーとして仕切るぶっきらぼうな独身女性。同時期に放送された『俺の家の話』(TBS系)では、能楽一家・観山流宗家の長男である主人公の妹として生まれながら、息子に宗家を継がせることを願っている母親役でした。
このように多様な役柄を演じ分け、与えられた役割を果たし、確実な存在感を残しているのが江口さんの特徴と言えるのかもしれません。
その実力は映画界においても発揮され、昨年公開された映画『事故物件 恐い間取り』では、主人公に事故物件を紹介するミステリアスな不動産屋を演じ、「第44回日本アカデミー賞」優秀助演女優賞を受賞しました。
民放の連続ドラマに初主演
今春からは人気ドラマ『ドラゴン桜』(TBS系)で主人公・桜木建二の難敵となる学園理事長に扮(ふん)し、その存在感とともに、ビシっと決めたスーツ姿も話題となっています。
そんな江口さんが民放連続ドラマ初主演を果たしているのが、現在放送中の『ソロ活女子のススメ』(テレビ東京系)です。「ソロ活」のスペシャリストでコラムニストの朝井麻由美さんの著書『ソロ活女子のススメ』を原案にしています。
ソロ活とは「ひとり焼き肉」「ひとりカラオケ」「ひとりキャンプ」など、単身で外食やレジャーを楽しみ、好きな時に好きな場所で、1人でしか味わえないぜいたくな時間を過ごし、おひとりさまの気楽さ・自由さを謳歌する活動のことを言います。
単身のソロ活といっても「決して人嫌いなわけではなく、楽しいからソロで活動しているのだ」というスタンスが、世代を問わず多くの女性たちの共感を呼んでいるようです。
会社の同僚から歓迎会に誘われるものの、誘いを断り足早に退社する。我が道をさっそうと闊歩(かっぽ)する主人公の自立した姿は、多くの女性たちが憧れる生き方の1つなのかもしれません。
実は、このドラマの主人公を演じている江口さん自身も、異色の経歴の持ち主で、我が道を歩んできた人物として知られています。これまでの情報によると、中学を卒業後は高校に進学せず、単身で上京し、住み込みで新聞配達の仕事をしながら、劇団東京乾電池の研究生生活を送るという青春時代を過ごしてきたそうです。
2002年に22歳で映画デビューを果たしてからは、映画やテレビドラマの世界で地道に役者としての仕事に励み続け、いつのまにか「あのドラマにも出ていた女優さん」という印象に残る脇役女優として定着するようになりました。
人に媚びず、人目を気にしない
その過程で江口さんは様々な経験をしてきたそうです。18年2月に放送されたトークバラエティー番組『しゃべくり007×人生が変わる1分間の深イイ話 合体SP』(日本テレビ系)のなかで、大物女優の泉ピン子さんとのやりとりを通してトラウマになっているエピソードを紹介しています。
泉さん主演のテレビドラマで、江口さんが短いセリフをなかなか覚えられずにNGを連発した際、泉さんが激怒したという過去を明かしていました。江口さんは小気味良い語り口でトークを展開しながら、「あの時に怒られてよかった」と泉さんに感謝しつつも、「表参道で1年後に見かけましたけど、逃げました」とオチをつけ、スタジオを沸かせていました。
この番組の放送後、ツイッターでは「大物女優とのトラウマエピソードも正直に話すところが江口さんらしい」「人に媚(こ)びず、人目を気にしないところが好き」などといった、我が道を堂々と進む江口さんを評価する声が上がっていました。
この「人に媚びず、人目を気にしない」というのはなかなかできるものではありません。特に女性にとって、人目を気にすることなく進み続ける我が道はとても険しいものです。
その険しさは、これまでの時代における女性の生き方そのものに表れています。昭和の時代は、女性は主婦として家庭を守るのが普通であり、その道から外れると「周りから何を言われるかわからない」という風潮がありました。
それが平成の時代になると変わり始め、主婦であり仕事もするワーキングマザーこそが素晴らしいという価値観が台頭してきます。こうなると、主婦に徹している女性も、家庭を持たず仕事にまい進する女性も、なんとなく肩身の狭い思いをするようになります。
平成には「おひとりさま」というワードが流行しましたが、その言葉には「孤独」や「負け犬」といったニュアンスも加わり、我が道を行くソロの険しさばかりが強調されていました。
1人でもいいし、誰かといるのもいい
令和に入り、「ソロ活」という言葉が登場しました。『ソロ活女子のススメ』とのタイトルにある通り、ソロで活動することをススメてくれることで、「1人でいるのも楽しめる。誰かといるのもすてきなこと。どちらを選択するのも有り。だからこそ、より自由にこの先の道を歩むことができる」。そんなメッセージが世の中に響き始めています。
そしてこのメッセージは、江口さんが演じるからこそ、より説得力が増しているのではないでしょうか。我が道を地で行きながら、同時期に与えられた多様な役割をしっかりと果たし続けることで、自分らしい居場所を築き上げてきたからです。
同時並行で複数の業務や役割を果たせるスキルは、どのような業界、仕事においても求められるものです。チームや組織においては、誰もが誰かの先輩、後輩であり、上司あるいは部下です。取引先との間柄も、顧客であったり下請けであったり、相手との関係性のなかで様々な役割を求められるものです。
そうした多様な役割をしっかり果たせているからこそ、我が道を歩みながら自分なりの居場所を築くことができ、自信を得ることができるのです。そんな女優道を体現してくれる江口さんのように、前進していきたいと思う女性たちはおそらく数多くいることでしょう。
我が道を歩み続ける江口のりこさんの姿を追いながら、自身も多様な役割を果たしつつ、より自由に歩んでいける――。そんな女性たちが増え、おのおのに自分なりの居場所を築いていけるような、令和の時代らしい多様性あふれる社会に期待したいと思います。
経済キャスター。国士舘大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。JazzEMPアンバサダー、日本記者クラブ会員。多様性キャリア研究所副所長。地上波初の株式市況中継番組を始め、国際金融都市構想に関する情報番組『Tokyo Financial Street』(STOCKVOICE TV)キャスターを務めるなど、テレビ、ラジオ、各種シンポジウムへ出演。雑誌やニュースサイトにてコラムを連載。近著に「資産寿命を延ばす逆算力」(シャスタインターナショナル)がある。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。