勝新の買い物にパリで同行、ただ者でない身のこなし

――大御所の勝新さんを相手に男気を見せたわけですね。

「そうね。若いのになかなか頑張っていたわよ。勝さんは大先輩ですもんね……。私、勝さんとはあまり接点がなかったけど、一度、勝さんがパリにいらしたとき、『シャンゼリゼでスーツを買いたい』と言うので一緒にお店に付き合ったことがありました。勝さんが店の2階で服の採寸を終え、階段を降りてきたら、すぐに店主が驚いた様子で『一体、あの方は何者ですか』と尋ねてきたんです。まるで階段を猫みたいに滑るように降りてきたので『これはただ者ではない』と直感したみたい。普段から時代劇の殺陣で体を鍛えているから、身のこなしが普通の人とは違ったんでしょうね」

――岸さんは映画に出演するだけでなく、「スパイ・ゾルゲ 真珠湾前夜」など映画の企画も手がけていますね。

力道山さんの最後の言葉は「しばらくぶりです……」

「私はジャーナリスティックなテーマが好きなんだけど、イメージが私らしくないということでボツになることも結構多かった。テルアビブ空港乱射事件(72年5月)を起こした日本赤軍の岡本公三を主人公にした映画を企画したこともあります。ショーケンが適役だと思って、橋桁でハーモニカを吹いている冒頭シーンなどを考え、スポンサーまで固めて、ほぼ実現寸前まで行ったんだけど、最終的にキャスティングで折り合わずに、立ち消えになってしまった。あれは残念でした……」

力道山がくれた毛皮コート、最後の別れは赤坂のナイトクラブ

――プロレスラーの力道山さんとも交流があったとか。

「パリの空港で偶然、力道山さんにお会いして以来、不思議に縁があって、色々と仲良くさせてもらいました。試合にも招待してもらいましたよ。プロレス自体はどうしても好きになれなかったけど、力道山さんからミンクの毛皮のコートをプレゼントしていただきました。父に『見ず知らずの方から高価なものをもらうんじゃない』と怒られたけど、そのお礼として私はライカの高級カメラをあげました」

「最後に力道山さんに会ったのは赤坂のナイトクラブ。私は来日したシャンソン歌手のジュリエット・グレコやジャック・ドレー監督、俳優のシャルル・ヴァネルらフランス人たちを接待するためにその店にいて、力道山さんは別な方と来店していらした。ボーイを通じて『しばらくぶりです……』というメッセージが届いたので、遠目で軽くあいさつしただけ。まさかそのすぐ後に亡くなるなんて、夢にも思わなかった(63年12月に赤坂のナイトクラブで起きた刺傷事件が原因で死亡)。残念ながら、それが最後の別れになってしまいました」

(聞き手は編集委員 小林明)