水原希子 配信映画『彼女』で感じた恐怖と自信
愛のために、人を殺した女・レイと、殺させた女・七恵。行き場のない2人があてのない逃避行を繰り広げていく。女性2人の痛いほどの愛を描いたNetflix映画『彼女』が配信中だ。
原作は、中村珍の漫画『羣青』(ぐんじょう)。その激しい暴力描写と性描写などから実映像化困難と見られていた。それを、『ヴァイブレータ』(2003年)や『ストロボ・エッジ』(15年)、など幅広いジャンルの作品を手掛ける廣木隆一監督が映画化。主人公のレイを演じるのは、近作『あのこは貴族』も好評な水原希子だ。
「最初、脚本をいただいたときは、レイを演じるか、七恵を演じるかは決まっていなくて、『とりあえず、読んでみてください』でした。まだコロナ禍の前で、海外取材に行く飛行機の中で脚本をイッキに読み切ってしまいました。それほど気持ちをつかまれて、『えらいこっちゃ!』と思ったことを覚えています(笑)。ジェットコースターのような展開で、喜怒哀楽が激しい。こんなにも感情をむき出しにした作品に巡り合ったことはなかったし、これからもないだろうと思いました。ただ、演じたい気持ちと同時に、役者としてここまで自分をむき出しにできるのかという恐怖もあって。自分の中で、2つの感情が戦ってる感じでした」
水原が話すように、映画はオープニングから生々しい。ベッドを共にした男性を手にかけたレイは血まみれになる。そんな凶行に走ったのは、高校時代に恋した七恵に呼び出され、夫からのDVを打ち明けられたから。10年ぶりの再会にもかかわらず、レイは七恵の「夫を殺して」という頼みを聞いてしまう。七恵を演じるのは、連続テレビ小説『まんぷく』などのさとうほなみ。やがて逃避行に出た2人は、身も心もさらけ出すうちに、その本音が明かされていく。
「最初の顔合わせでは、私もほなみさんもガチガチでした。特に、私はセリフも自然に出てこなかった。台本では面白いと思ったことでも、ドラマチックすぎて、自分の中でどう消化して、どう表現すればリアルなのか分からなくて。ものすごく悩みました。体当たりで演じては、廣木監督に相談して。リハーサルもかなりやりました」
配信作品も表現方法の1つ
恋愛映画の名手とも言われる廣木監督。数々の若手俳優とタッグを組んでいる。聞けば、今回、監督は「女性同士の話だったので、助言するよりはむしろ意見を聞いていた」と語っている。
「監督が何を求めているのか分からない時もありました。でも、後から考えると、私とほなみさんの間で、どんな化学反応が起きるのか試していたようでした。実際、それが本番にも生かされていましたし。また、今回は撮影が順撮りだったので、私もほなみさんもレイと七恵として瞬間瞬間を生きてゆくことができて。
役者もスタッフも、全員が同じ方向を向いて一緒に作り上げているという感覚をコロナ禍ということもあって、いつも以上に強く感じました。みんながむしゃらだった。だから今、振り返って、現場の思い出と聞かれると、とにかく夏で暑かったという記憶しか残っていないんです」
俳優としてデビューして10年。モデルやデザイナーほかマルチに活躍する水原にとって、今回の作品はどんな意味を持つのか。
「この『彼女』は誰もが共感する、理解できるという作品ではないかもしれません。ただ、30代に入ってから自分でやりたいことを選択したいという気持ちがすごく強くなった。そういう意味では、本作で演じたレイと共通している部分があるかもしれません。
私は10代でモデルを始めて、縁あって『ノルウェイの森』で役者をすることになって、いろいろな方の導きで道が開かれました。そこで学んだことはかけがえのない宝だと思っています。ただ、今はその宝を大切にしながら、今度は自分で道を切り開きたい。役者もそうですし、モデルやファッションなど、自分が持つ場を生かして、いろんなことを表現したいし、もっと深く突き詰めていきたいんです。それはビジネス的なマインドではなくて、自分の声にしっかりと耳を傾けたいからなんです。
自分で選択して、できることをやり切った。この作品に関してはそう言える自信があります」
笑みを浮かべながらも、はっきり「やり切った」と断言した水原。何をやり切ったのか、それはぜひ自分の目で確かめてほしい。
愛する女性と不自由なく暮らしていたレイ。高校生時代に思いを寄せていた同級生の七恵にDV夫の殺害を依頼されて、その頼みを引き受ける。戻る場所を失った2人はあてのない逃避行に出るが……。高校時代のレイを演じるのは、期待の若手・南沙良。142分。
(ライター 前田かおり)
[日経エンタテインメント! 2021年5月号の記事を再構成]
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