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エンタウオッチング

竹中直人 監督業、映画にぜいたくな関わり方ができる特集 新ヒットメーカーの条件(2)

2021/6/3

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日経エンタテインメント!

エンタテインメントの“表”に立つ俳優や芸人などのタレントたちが“裏方”のクリエーターとして才能を発揮するケースが目立っている。公開中の映画『ゾッキ』も、大橋裕之原作のマンガを、竹中直人・山田孝之・齊藤工という俳優3人が共同監督で映画化した作品だ。

俳優として第一線で活躍しながら映画監督も手掛ける──そんなムーブメントの始点にいる存在が竹中だろう。34歳の時、ずっと敬愛していた漫画家・つげ義春の『無能の人』(1991年)で監督デビュー。以降、『東京日和』『連弾』『山形スクリーム』など、独自の世界観を展開してきた。

1956年生まれ、神奈川県出身。劇団青年座に所属し、数々のドラマ・映画・舞台に出演。96年にNHK大河ドラマ『秀吉』で主演を務めるなど、俳優として着実にキャリアを重ねる一方、91年に『無能の人』で映画監督デビュー。以降の作品でも各賞を受賞する(写真:中村嘉昭)

「最初は“異業種監督”なんて、よく言われましたね。自分の中に監督だとか俳優だとかいう区別は、もともとありませんからね。肩書きって何なんだよって思いますね。俳優が監督をするって別に特別なことじゃない。『無能の人』には神代辰巳監督に出演してもらいましたが、そうなると神代監督も俳優ですしね(笑)。

1つの作品を作るとき、いつも思うのは『出合い』です。それだけですね」

『ゾッキ』もまた、原作との「出合い」から始まった。18年、舞台『火星の二人』の楽屋。共演の前野朋哉の楽屋の冷蔵庫の上に“それ”があった。

「ちょっと貸して! って自分の楽屋で読んだらあまりにも感動して、これは絶対映画にしたいって思った。それで舞台の作・演出だった倉持(裕)さんにすぐ声を掛けたんです。(原作の)『ゾッキ』はショートストーリーだったので、オムニバス映画として考えました。僕1人ではなく複数の監督が必要だと思ったとき……(山田)孝之と(齊藤)工しか考えられなかった。

自分が今まで監督をしてきたものを振り返っても、基本は『映画にしたい!』という思いだけです。それが自分の中で一気に組み立てられていく。今もそれは変わらないです。瞬間的にアイデアが浮かんで、それがうまくタイミングが合って、運が良ければ映画になるって感じですね」

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欲の深さが原動力に