竹中直人 監督業、映画にぜいたくな関わり方ができる
特集 新ヒットメーカーの条件(2)
エンタテインメントの"表"に立つ俳優や芸人などのタレントたちが"裏方"のクリエーターとして才能を発揮するケースが目立っている。公開中の映画『ゾッキ』も、大橋裕之原作のマンガを、竹中直人・山田孝之・齊藤工という俳優3人が共同監督で映画化した作品だ。
俳優として第一線で活躍しながら映画監督も手掛ける──そんなムーブメントの始点にいる存在が竹中だろう。34歳の時、ずっと敬愛していた漫画家・つげ義春の『無能の人』(1991年)で監督デビュー。以降、『東京日和』『連弾』『山形スクリーム』など、独自の世界観を展開してきた。
「最初は"異業種監督"なんて、よく言われましたね。自分の中に監督だとか俳優だとかいう区別は、もともとありませんからね。肩書きって何なんだよって思いますね。俳優が監督をするって別に特別なことじゃない。『無能の人』には神代辰巳監督に出演してもらいましたが、そうなると神代監督も俳優ですしね(笑)。
1つの作品を作るとき、いつも思うのは『出合い』です。それだけですね」
『ゾッキ』もまた、原作との「出合い」から始まった。18年、舞台『火星の二人』の楽屋。共演の前野朋哉の楽屋の冷蔵庫の上に"それ"があった。
「ちょっと貸して! って自分の楽屋で読んだらあまりにも感動して、これは絶対映画にしたいって思った。それで舞台の作・演出だった倉持(裕)さんにすぐ声を掛けたんです。(原作の)『ゾッキ』はショートストーリーだったので、オムニバス映画として考えました。僕1人ではなく複数の監督が必要だと思ったとき……(山田)孝之と(齊藤)工しか考えられなかった。
自分が今まで監督をしてきたものを振り返っても、基本は『映画にしたい!』という思いだけです。それが自分の中で一気に組み立てられていく。今もそれは変わらないです。瞬間的にアイデアが浮かんで、それがうまくタイミングが合って、運が良ければ映画になるって感じですね」
「今回の場合は、原作の『父』というエピソードに、割れたガラスが地面にグサグサグサッと刺さるシーンがあるんです。このコマを見たときに、圧倒的に映画にしたいと思いました。その1カットから世界が広がりました。夜の学校に父子で行く、父親がボクシング部の部室でサンドバックを叩く、そこに現れる女の幽霊。この幽霊を誰にやってもらうか……。必死に考えました。お断りされるのを覚悟で松井(玲奈)さんにお願いしました。よくぞ引き受けてくれました。
監督は本当に素敵なお仕事だと思います。映画に必要な場所を探すロケハンはとてもロマンチックですしね。一体どこで、このシーンを撮るのか……? その場所を見つけるまで探し回るというね……。そしてキャスティング。一体誰に、この役を演じてもらうのか……? 映画音楽は誰にやってもらうのか……? それをすべて決められるのが監督ですからね。とても贅沢な関わり方ができますよね……」
欲の深さが原動力に
ただ、3人の監督で1本の映画を作り上げるのは初めての経験。すべての撮影が終了し、それぞれが撮った映像をざっくりつなぐ"粗編集"を見る時はとても緊張したと、竹中は語る。
「すべてがつながった編集ラッシュを見るまでは、お互いがどう撮っているのか分からないですからね。初めて粗編集を見たときは、アクと毒をすごく感じました。ドスンときました。粗編は2時間以上あったので、それを刈り込んでいくことで、最初に感じたアクや毒が消えてしまう怖さも感じました。でも仕上がりは、とてもいい感じにまとまったと思っています。
孝之も工も、本当に監督として素晴らしくて、嫉妬します……。大橋裕之さんの世界のあれもこれもすべて俺が撮りたかったなって思ってしまう自分に気づいて、がく然としました。僕は監督としての欲がかなり深いんですね(笑)。
監督としてだけじゃないかも知れないです……」
(ライター 武田篤典)
[日経エンタテインメント! 2021年5月号の記事を再構成]
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