小津監督からも出演依頼、「東京暮色」は有馬稲子さんに

――この時期、岸さんには名作映画への出演依頼が目白押しでしたね。小津安二郎監督からも『東京暮色』(57年公開)への出演依頼があったとか。

「そうそう。『東京暮色』はもともと小津監督が私のために書いてくれた作品だったのよ。でも『雪国』の撮影が長引いてしまい、これにも出演できなかった。惜しかったわ。その役は友人の有馬稲子さんが演じてくれました」

――シァンピ監督、リーン監督、小津監督……。いずれも世界的な名監督ばかり。岸さん、モテモテですね。リーン監督にくどかれて、結婚する可能性もあったんじゃないですか。

「ああ、一時期はそんな噂が飛び交ったこともあったわね……。リーン監督が私に好意を持っていたのはよく分かっていました。ステキな方だったし、映画監督としても尊敬していたのですごく光栄だったけど、年齢が離れすぎていたから、恋愛関係になるのは難しかったんじゃないかしら(リーン監督と岸さんとは24歳差)」

リーン監督の妻が嫉妬、横浜で「五右衛門風呂事件」

名作映画への出演依頼が目白押しだった岸惠子さん

「実はこれには後日談があって、私がイヴと結婚した後のことなんだけど、ある日、パリで劇場に出かけると、背後に鋭い視線を感じたの。それでハッと振り返ったら、きれいな女性が私を怖い目でじっとにらんでいるのに気がついた。それがリーン監督の奥さんで女優だったアン・トッドさん。私に嫉妬しているらしいって、誰かが言ってたわ」

――リーン監督は生涯6回結婚し、恋愛関係も波乱が多かったようですね。

「もちろん、私とリーン監督との間には何も起きてはいないわよ。でもパリでもちょっとした噂になっていたみたい。私、映画監督としても憧れていた人だったし、尊敬もしていたので、リーン監督が亡くなる日まで、写真を自分の部屋にずっと飾っていました」

――岸さんの横浜の自宅に来たこともあったそうですね。

「『風は知らない』への出演依頼があった頃かな。原作者のリチャード・メイスンさんと一緒に横浜の私の自宅に泊まりに来たことがありました。3人で一緒に浴衣を着て撮った写真も残ってます。母は張り切って色々な手料理を作り、温かくもてなしてくれました」

「そのときにも面白いエピソードがあって、食事の後、お風呂に入ったはずのリーン監督とメイスンさんが、なぜか青い顔をしてガタガタ震えていたの。『どうしたのだろう』と不思議に思っていたら、2人ともお風呂の入り方が分からずに困っていたんですって。我が家は日本家屋で(湯に浮かんだ板の蓋を踏み沈めて入る)五右衛門風呂を使っていたから、外国人が分からないのも無理ないわね。皆で大笑いしました。今でもそれは懐かしい思い出として心に残っています」

(聞き手は編集委員 小林明、後半へ続く)