心理的ストレスの蓄積はビジネスパーソンの大敵。コロナ禍によって「何らかの不安を感じる」人が半数以上に及んだ、という調査報告もある。こうしたストレスは、メンタル面だけでなく、新型コロナウイルスなどの病原体の侵入や増殖を防ぐ免疫機能にも悪影響を及ぼすようだ。心理的ストレスと免疫の関係について考察。私たちが実践できそうなストレス対策と免疫ケアとともにお伝えする。
心理的ストレスは「粘膜免疫」を弱くする
コロナ禍による“ニューノーマルな生活”が続く中で、心理的ストレスが限界近くまで蓄積しているという人はいないだろうか。厚生労働省が2020年12月に発表した「新型コロナに係るメンタルヘルスに関する調査」によると、「神経過敏に感じた」、「そわそわ、落ち着かなく感じた」「気分が落ち込んで何が起こっても気が晴れないように感じた」といった「何らかの不安を感じている」人が調査対象の半数以上に及んだという。
心のストレスは、いま守りを固めたい感染症への防御にも負の影響を及ぼすようだ。疲労や緊張といったストレスと常に直面するアスリートの免疫について研究を行うハイパフォーマンススポーツセンタースポーツ研究部研究員の清水和弘さんは、「激しいトレーニングという身体的ストレスだけでなく、心理的ストレスもウイルスや細菌などと戦う免疫機能を低下させる。特に、外敵への第1バリアとなる粘膜免疫が悪影響を受ける」と言う。
ここで、免疫システムについて簡単におさらいしよう。
免疫とは、「疫(病気)を免れる」という意味。体には、侵入しようとするウイルスや細菌などの病原体から身を守るために、2段階の仕組みが備わっている(図)。
第1段階は、病原体の最初の侵入口となる鼻や口、喉などの粘膜において病原体の侵入を防ぐ「粘膜免疫」。抗菌ペプチドという免疫物質も分泌されるが、病原体の捕獲力で注目されるのが分泌型免疫グロブリンA(以下SIgA)という抗体だ。粘膜から侵入を図る病原体にくっつき、無力化(中和という)するように働く。アメリカズカップに出場したヨットレース選手の唾液中SIgAの濃度を調べたところ、ストレスや疲労の蓄積とともに低下し始め、上気道感染症発症時は最も低かった[1]。つまり、この抗体数が減ることは、粘膜免疫の守りが手薄になっていることを示す。
「粘膜免疫」を突破して体内に病原体が侵入すると、第2段階の「全身免疫」が働く。体内に入り込んだ病原体を好中球やマクロファージといった免疫細胞がとらえ、感染した細胞はNK細胞やT細胞などが攻撃。こうした一連の戦闘で発熱などの炎症症状が起こる。
「選手が本番で十分なパフォーマンスを発揮するには、まずは第1段階で病原体の侵入を許さない、つまり、病原体の侵入口である粘膜免疫が低下しないよう維持することが重要と考えている」(清水さん)。

粘膜免疫の働きが心理的ストレスによって低下することを見た研究報告には下記のようなものがある。
歯学部学生の精神的ストレスと唾液中SIgAの分泌速度の関係をみた研究では、ストレス強度が高くなるにしたがってSIgAが低値となった(グラフ)。看護師41人の仕事ストレスと免疫物質の関係を9カ月にわたって調べた研究では、意思決定や作業管理などの精神的ストレスが高まる仕事のときに、唾液中のSIgA量が低下していた[2]。また、大学生男女55人を対象に性格とSIgAについて調べたところ、男子において、「自分に厳しく他人にも厳しい」性格の人では唾液中のSIgA量が多く、「不平や不満をしまいこむ」性格、つまりストレスをため込みがちな人では少なかった[3]。

心のストレスがなぜ免疫に影響を与えるのだろう。清水さんは「自律神経の変調が関わる」と説明する。
自律神経には、緊張モードのときに働く交感神経と、リラックスモードのときに働く副交感神経があり、両者は互いにバランスをとりながら体の機能を調節している。しかし、「過剰な心理的ストレスは交感神経を優位にする。交感神経が優位になるとT細胞など免疫細胞の働きが低下することが確認されている。また、アスリートのハードなトレーニングが免疫を低下させるのは、酸素を多く取り込む持久系運動によって生じる活性酸素が、免疫細胞のDNAを損傷するため。ビジネスパーソンも同様に、知らず知らずのうちに疲労をためたり、強い心理的ストレスを受けると、活性酸素による酸化ストレスが高まる」(清水さん)。
緊張やイライラで交感神経が過緊張になっても疲労が増えても免疫低下につながるのだ。
[1]Med Sci Sports Exerc. 2008 Jul;40(7):1228-36.
[2]Front Public Health. 2014 Oct 13;2:157.
[3]日歯心身:第6巻第2号,1991