日経ナショナル ジオグラフィック社

そうしたプロセスの一つが「海洋性氷床不安定(MISI)」だ。これは、棚氷とつながる氷床の内陸の部分が、海水面よりも低い盆地の上にのっている場合に起きやすい。氷床全体がちょうど浅いボウルに入った巨大なアイスクリームのようになっているわけだ。

西南極の氷床の大半はこうした状態にあり、棚氷の底面が温かい海水によって解けて薄くなると、浮力が勝って下にさらに隙間ができ、ますます不安定になる。結果、アイスクリーム全体がより速く海へ流れ出るようになりつつ、氷床や氷河の後退が止まらなくなってしまう。

海洋性氷床不安定については、多くの気候学者が実際に起こる可能性が高いと考えており、スウェイツ氷河ではすでに進行している可能性もある。西南極のなかほどにあるこの氷河は現在、背後にある氷床の分まで含めると、世界の海面上昇を数十センチから1メートルほど食い止めていると考えられている。

一方、海面から高さ100メートルを超える氷の崖は、自重で崩壊して不安定になるという「海洋性氷崖不安定(MICI)」というプロセスもある。これはまだ推測に近い仮説の域を出ていないが、もしスウェイツ氷河などが激しく後退して、非常に高い氷の崖が海上にそびえ立つようになれば、海洋性氷崖不安定のせいで、氷の減少や海面上昇がさらに急速に進む恐れがある。

南極の未来と、そうした不安定性の影響をより深く理解するために、新たな研究ではその両方を組み入れた氷床物理モデルを採用している。これは16年に発表されたモデリング研究をベースにしつつ、より洗練された物理プロセスと、南極の氷とほかの地域の地球システムとの相互作用とが取り入れられている。

3度上昇と2度上昇でどれだけ違うのか

研究者らは、温暖化がパリ協定の目標である2度に抑えられるシナリオと、さらに意欲的な1.5度を目標とするシナリオにおいて、モデルを数世紀先まで走らせた。また、パリ協定で世界が約束した初期の排出削減目標に近い、気温が3度上昇するというシナリオについても併せて検討を行った。

その結果が示しているのは、より野心的な気候目標を設定すれば、南極の未来に大きな変化をもたらす可能性があるということだ。南極の氷の融解は現在、世界の海面上昇を年間約0.5ミリ増加させている。もし人類が今世紀半ば頃までに気温の上昇を1.5度または2度までに抑えた場合、この融解による増加は年間約2ミリ、2100年までの合計は80~90ミリとなる。

一方、もしパリ協定の目標を超えてしまえば、人類の未来の見通しは大幅に悪化する。3度上昇のシナリオでは、スウェイツ氷河をはじめとする西南極の氷河を抑えている重要な棚氷において、先に述べた不安定が生じる可能性がある。論文によれば、海洋性氷床不安定および海洋性氷崖不安定によって、60年ごろには南極の氷の消滅と海面上昇が加速する転換点に達するかもしれない。

このシナリオにおいては、氷床の融解のせいで、2100年までに世界の海面が約15センチ上昇することになる。その時点で、南極の氷の融解による海面上昇は、温暖化レベルが低い場合の2倍以上である年間5ミリに達する。そして、2300年までには、南極の融解だけで世界の海面が約1.5メートル上昇する。一方、気温上昇を1.5度に抑えられた場合は約90センチだ。

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別の研究でも海面上昇は倍に