主力市場が消えたら 富士フイルム古森氏の実践と理論
祖業の写真フィルム需要が急減後、大胆な事業転換を進め、業績のV字回復を果たした
今回紹介するのは『NEVER STOP イノベーティブに勝ち抜く経営』。富士フイルムホールディングス(HD)の古森重隆会長兼最高経営責任者(CEO)と、マーケティングの研究で著名なフィリップ・コトラー氏との共著だ。古森氏は「第二の創業」を掲げ、祖業が写真フィルムの同社の事業構造の転換を主導する突破力を発揮。本書では、写真フィルムの製造で培った技術をもとに事業の多角化を進め、ヘルスケアはじめ事業を拡大していった軌跡を古森氏自ら振り返る一方、コトラー氏はイノベーション、マーケティングといった研究者の立場から古森氏の経営分析を試みている。理論と実践の論考を交互に読み進めながら、名経営者のあるべきリーダーシップや決断力を学ぶのに参考になる一冊だ。
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古森重隆・富士フイルムホールディングス会長兼CEO
著者の古森重隆氏は1963年に東京大学経済学部を卒業し、富士写真フイルム(現・富士フイルムホールディングス)入社。2000年社長、03年にCEOに就き12年から現職。21年6月にはCEOを退任し、最高顧問に就任予定です。コトラー氏はノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院SCジョンソン&サン特別教授。「マーケティングの父」と評され、60冊以上の著書と100を超える論文があるといいます。2人を著者として英語で出版された原著を、早稲田大学教授の恩蔵直人氏が翻訳して日本語版にしたのが本書です。同氏もマーケティングが専門で、コトラー氏の著作の翻訳を多数手掛けています。
写真フィルム界の「巨人」相手に戦いを挑む
富士フイルムが米国に本格進出した1980年代当時、ライバルと目したのは米イーストマン・コダックでした。相手はカラーフィルムを世界で初めて発売するなど世界を代表する写真フィルム業界の「巨人」です。富士フイルムも日本でシェアを拡大しましたが、世界市場ではコダックに大きく水をあけられている状況でした。「コダックに追いつき、追い越せ」。トップの掛け声のもと、米国市場でシェア拡大を進める戦略をとったのです。
(第1章 デジタル化による破壊と富士フイルムのトランスフォーメーション 22~23ページ)
古森氏が「最も収益性が高く、何としてもシェアを拡大したい」と話していた米国市場で大きな転機が訪れました。1986年に発売した「写ルンです」と名づけたレンズ付きフィルムです。カメラの要らないフィルムで、撮影後の現像はお店に製品をそのまま出すだけ。消費者からは非常に好評で、コダックがこの技術に追いつくまで先行者利益を手にしたといい、「フィルムの需要増につながる生活を変える製品でした」(古森氏)。その後、古森氏が社長に就任した2000年に主力のカラーフィルムなど写真関連事業の売り上げは絶頂期を迎え、さらに翌年には米国でコダックの売り上げを抜き念願を達成しました。
コトラー氏の手になる第1章は、富士フイルムの成り立ちやコダックとの対決、2000年代からのデジタル化への対応、成長分野のヘルスケアを含む事業の多角化など、富士フイルムの歴史の要点が簡潔かつ的確にまとまっていて一読しただけで理解が深まります。