小学校教員からエンジニア 職場に元牧師やソムリエ未経験からDX人材へ(中)

IT系の職場にも様々な経歴を持つ人がいる(写真はイメージ) =PIXTA
IT系の職場にも様々な経歴を持つ人がいる(写真はイメージ) =PIXTA

IT(情報技術)系の職場が未経験の状態からDX(デジタルトランスフォーメーション)人材として転職した人にフォーカスする連載企画の第2回は、小学校教員、旅館の仲居を経て、eラーニングのサイトビジット(東京・千代田)のエンジニアに転じた遠藤薫さん(25)。異色の経歴でエンジニア職に至った経緯や、現在の仕事のやりがい、今後のキャリア目標について話を聞いた。

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――キャリアのスタートは小学校の先生でした。

「大学卒業後、地元岡山市で小学校の臨時教員の仕事につきました。もともと子供好きで、人に何かを教える職業に興味があったので、何となく教師の仕事がいいかな、と考えていました。ただ、実際の教育現場に入り、先生として定年まで働き続けることにワクワクできない自分に気づきました。モヤモヤとした気持ちを抱えつつ、教員採用試験に向けた勉強を続けたものの、苦しくなることもしばしば。そんなとき、転職サイトをよく見ていましたが、これといった仕事はなかなか見つかりませんでした」

「一方で、現実逃避がしたくて学び始めたプログラミングにはすっかり魅了されました。(コンピューターへの命令文である)コードを書き、システムを動かす面白さに夢中になりました。ずっと探していた『心からワクワクできる仕事』はエンジニアなのかもしれない――。そんな思いが芽生え、プログラミングを仕事にしたい気持ちが日に日に強くなりました。結局、エンジニアへの道を進むため、1年で小学校を退職しました」

山梨県の温泉旅館で働いていた当時(中央が遠藤さん)

――エンジニアになると決め、最初の一歩として何をしましたか。

「地元の岡山ではエンジニアの仕事が少なそうだったので、東京に行こうと思っていました。ところが、そのための資金が不足していました。『お金がなくては始まらない』ので、まずはお金をためようと考え、少しでも東京の近くに住みたいとの思いで(笑)、山梨県の温泉旅館で仲居の仕事につきました。空き時間にはプログラミングを独学し、9カ月ほどで計画していた資金のめどがつき、東京に向かいました。SNSでの評判を調べ、東京・渋谷のプログラミングスクールに半年間通い、朝から夜遅くまでひたすらプログラミング漬けの日々でした」

――スクールに通って良かったことは何ですか。

「独学が長いと『システムは動けば十分』という考えに陥りがちですが、授業ではチームで働くことを想定し、『誰が見ても分かりやすいコードを書く』という指導がありました。エンジニアとして働く際に必要な視点を学んだり、自分の技術レベルを把握したりすることができました」

「最も苦労し、その分、自分の力になったと感じたのは、学んだ知識や技術を使い各自1つのサービスを制作する課題です。私が取り組んだのは、ツイッターと連動した学習記録サービスでした。学びの実績を可視化することで、学習者の自信につながればと思いました。より多くの人に広まるよう、使いやすさやデザインを考え抜いた経験は、今のエンジニアの仕事の原点とも言えるでしょう。卒業後もスクールのコミュニティーに所属して、先輩・後輩エンジニアと交流し刺激を受けています」

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上司は元牧師、同僚に元ワインソムリエも
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