酒好きは注意「胃酸逆流」 悪化させない飲み方とは
「逆流性食道炎」と診断された酒ジャーナリストの葉石かおりさん。幸い軽症で、すぐに治療する必要はなかったものの、悪化を防ぐためにはどうすべきかを、この病気に詳しい、国立国際医療研究センター病院・消化器内科診療科長の秋山純一さんに話を聞きました。どんな種類のお酒やつまみを選び、生活面ではどんなことに気をつければいいのでしょうか。
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前回(「酒好きの持病? 胃酸が逆流、レモンサワーとの関係は」)、アルコールそのものに胃酸逆流を促進させる作用がある、というショッキングな話を聞いた。
だとするならば、酒飲みは逆流性食道炎で悩む人が多いかもしれない。
国立国際医療研究センター病院・消化器内科診療科長の秋山純一さんによると、逆流性食道炎は炎症の程度によって4つのグレードがあり、そのうち必ず治療が必要になるグレードCとグレードDは、合わせて1割強。残りの9割弱は、症状によっては治療しなくてもいい「軽症」なのだ。
「逆流性食道炎と診断された人の多くは、以下のグラフのAとBに相当するグレードです。このうち、週に2回以上、『胸やけ』の症状があると答えた人は2割ほどでした。週に2回、胸やけがあれば、生活の質(QOL)に影響しますので、治療の対象になり得ますが、残りのほとんどの人は、目立った自覚症状がないので特に治療する必要はありません」(秋山さん)
軽症であれば治療をする必要はない、と聞いてホッとしている方も多いのではないだろうか。筆者もその1人である。先日受けた内視鏡検査の結果、逆流性食道炎と診断されたが、軽症ゆえに特に治療を勧められることはなかった。確かに、胸やけや胃もたれはなくはないが、それも食べ過ぎたり飲み過ぎたりしたときだけ。逆流性食道炎だからといって、困ったことは今のところない。
しかし、もし今後、炎症が悪化して、グレードCやDになってしまったら、どうなるのだろうか。
「グレードCやDでは、週2回以上の胸やけを訴える方が8割以上になります。Dになると、半数以上の方が『毎日胸やけがある』と答えています。こうなると、継続的な治療が必要になります」(秋山さん)
毎日、胸やけがあるとなると、QOLは相当、悪くなりそうだ。今回は、逆流性食道炎の治療ではどのようなことを行うのかなどを、聞いていこう。
治療が必須なのはどんなケース?
前回も述べたが、筆者が逆流性食道炎になったとSNSに書きこんだところ、「私も逆流性食道炎です!」という酒好きたちからのコメントがたくさん返ってきた。
酒豪の中には、「治療が必要」と言われたにもかかわらず、「市販の胃薬を飲んでおけば胸やけも緩和する」と信じて、通院もせずに過ごしている人もいるかもしれない。そんなふうに自分で判断してしまっていいのだろうか。
「グレードAやBの軽症の場合、治療は基本的に本人次第で、つらいと思ったら通院して治療すればいいのです。しかし、グレードCやDの重症となると、そうはいきません。なぜなら、逆流がひどくなると、合併症を引き起こすリスクがあるからです」(秋山さん)
逆流性食道炎の合併症としては、食道からの出血や、炎症を繰り返すことで食道が細くなっていく食道狭窄、そして胃に近い食道下部の粘膜が変性する「バレット食道」などがある。
「食道は、扁平上皮(へんぺいじょうひ)という粘膜で覆われています。一方、胃は円柱上皮(えんちゅうじょうひ)という別の種類の粘膜で覆われています。バレット食道とは、食道下部の粘膜が変性し、胃から連続して円柱上皮に置き換わってしまう状態を言います。長期間にわたってこうした状態が続くと、食道がんに罹患するリスクが高くなります」(秋山さん)
バレット食道
食道がんと聞くと、ぞわっとする……。自己判断なんてもってのほか。重症の場合はきちんと治療するのが必須なのだ。では具体的にどういった治療をするのだろう?
「初期治療では、胃酸を抑え、胃の中の酸性度を弱めるプロトンポンプ阻害薬(PPI)と言われる薬を処方します(4~8週間)。これは軽症でも、知覚過敏で胸やけの症状がある人(前回記事「酒好きの持病? 胃酸が逆流、レモンサワーとの関係は」参照)にもよく効きます。日本で開発され2015年にリリースされたボノプラザン(商品名:タケキャブ)はカリウムイオン競合型酸ブロッカー(P-CAB)と呼ばれ、従来のPPIよりも強力に胃酸を抑えることができます。投与した初日から効果を示し、24時間にわたって安定した薬効を感じることができます。薬効に個人差が少ないのも特徴です」(秋山さん)
また秋山さんによると、「その人の症状に合わせ、食道の粘膜を保護し、胃酸を中和する制酸薬(酸中和薬)、消化を促進させる消化管運動改善薬、胃底部を広げ、げっぷを出にくくする漢方薬の六君子湯(りっくんしとう)も併用できる」という。制酸薬は、胃もたれや胸やけなどの症状が出たときに補助的に用いることが多い。
初期治療を終えて症状や食道の炎症が改善すれば、そのまま投薬を終了し、日常生活に気をつけるだけでよいことも多い。しかし、食道の炎症がひどかった場合は、食道狭窄やバレット食道などの合併症を予防するために、初期治療後も投薬を続けることがある。これを「維持治療」という。
なお、胃酸の分泌を抑える市販薬もある。軽症の場合は、症状が出たときにこうした市販薬に頼るのもよい。しかし、重症で治療が必要な場合は、「きちんと医師の指示に従って投薬したほうがよい」と秋山さんは言う。
重症化を防ぐための飲み方・食べ方
投薬でも症状が改善しない場合は、さらに高度な検査と治療が必要になってくる。
「症状の改善が見られない方は、食道の中の酸の状態を見る食道内pHモニタリングや、食道の動きや噴門の働きを見る食道内圧検査を行う場合があります。その結果を踏まえ、専門家による内科的治療か、噴門形成術と呼ばれる外科的治療のどちらかを選択します」(秋山さん)
欧米では外科的手術も広く行われていると聞くが、それでも手術となるとカラダへの負担は小さくない。できることなら、ここまで悪化しないように気をつけたい。
そもそも、「できるなら薬を飲みたくない」という人も多いのではないだろうか。「逆流性食道炎と診断されてしまったが、薬は飲みたくないので、重症化しないようにしたい」というわがままな酒好きのために、秋山さんから生活面でのアドバイスをいただいた。
「前回も説明したように、胃酸の逆流が起きるのは、胃と食道の間でバルブのような働きをする食道括約筋が緩んでしまうから。お酒好きの方には耳が痛いと思いますが、アルコールそのものに下部食道括約筋を弛緩させる作用があると言われているので、飲み過ぎは厳禁です。特に胃を膨らませる炭酸ガスを含んだビール、シャンパーニュ、そして柑橘類 + 炭酸 + アルコールというトリプルの組み合わせであるサワー系のお酒も控えたほうが無難です。白ワインなど酸っぱいお酒も良くないと言われています」(秋山さん)
喉がカラカラの時にシュワッとした刺激がたまらない炭酸系がNGとは、酒好きにとっては大きな痛手。酒量にも気をつけるとともに、おつまみの選び方にも注意しなくてはならないという。
「胃酸逆流の大きな原因となる食べ過ぎは厳禁。腹八分を心がけましょう。食事の内容も問題で、特に脂肪分の多い食事は胃もたれを助長します。唐辛子など刺激の強い香辛料、柑橘類、コーヒー、チョコレート、スイーツも胸やけを起こしやすいと言われています。また早食いは食べる際に空気も一緒に飲み込みやすく、それによって胃が膨らんでげっぷが出やすくなるので、時間をかけて食べるようにしましょう。げっぷが出ると逆流を助長するからです」(秋山さん)
脂肪分が多い揚げ物は、酒の良き友。焼酎ハイボールに合う豚の角煮、レモンサワーが恋しくなるホルモン、日本酒に合う脂のりのりのウナギも良くないなんて(涙)。
「過食、早食い、脂肪分の多い食事をしていると、肥満につながります。太るとお腹回りに脂肪がつき、胃を圧迫するため、逆流が起こりやすくなるという負のスパイラルに陥るので注意が必要です」(秋山さん)
次々に耳が痛いアドバイスが飛んでくるが、前回も述べたように、飲んですぐに横になるのも、逆流の原因になるので避けたほうがよい。
脂肪分の少ない食事にすると胃もスッキリ
「他にも喫煙や、胃を圧迫する前かがみの姿勢、ベルトやコルセットでお腹を強く締め付けることなども気をつけたい点です。逆流性食道炎は、投薬や生活面の改善で症状が緩和しても、再発しやすいと言われています。胃もたれや胸やけが良くなったからと気を緩めず、継続的に飲み過ぎ、食べ過ぎに注意するよう心がけましょう」(秋山さん)
逆流性食道炎の症状改善が期待できる生活習慣
自分には無関係と思っていた逆流性食道炎と診断され、初めて気づいた健康のありがたさ。
個人的には、レモンサワーやチョコレートなどを完全にやめることは難しいけれども、取材後、肉の代わりに白身の魚や脂肪の少ない鶏胸肉、豆腐や蒸し野菜をメインにする食生活に切り替えたところ、確かに翌朝の胃のすっきり感が全然違う。いかに胃や食道に負担をかけていたかがよく分かった。
想像以上に多くいると思われる酒好きの逆流性食道炎持ちの皆さん(予備軍の方も)、ながーく酒とつきあうためにも今一度、酒量と酒の種類、おつまみを見直ししてみてはいかがだろうか?
(文 葉石かおり=エッセイスト・酒ジャーナリスト、図版制作 増田真一)
[日経Gooday2021年5月11日付記事を再構成]
国立国際医療研究センター病院・消化器内科診療科長。筑波大学医学専門学群卒業。米国スタンフォード大学消化器内科客員研究員。専門分野は消化管の腫瘍、消化管出血、炎症性腸疾患、消化の機能異常。日本消化器病学会専門医・指導医・評議員、日本消化器内視鏡学会専門医・指導医・評議員、日本内科学会総合内科専門医・指導医。
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