日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/5/28

言語学者らは、人間以外の動物は言語と呼べるシステムを持っていないと主張する。それでも、クジラは例外だと証明することはできるだろうか。人間の言語は、社会的な関係を仲介するために進化してきた面をもつが、マッコウクジラが複雑な社会生活を有していることは、すでにゲロー氏によって示されている。

マッコウクジラは動物界最大の脳を持ち、その大きさは人間の脳の6倍にもなる。彼らはメスが支配する社会の中で暮らしていて、特に海面付近に浮上してきたときには、2頭がデュエットのようにコーダを交わし合う。

彼らは数百頭から数千頭の群れに分かれ、それぞれに異なるクリックのコーダを使って自分たちの所属を識別している。マッコウクジラはまた、特定のクリックパターンによってお互いを識別していて、それらをいわば名前のように使っていると思われる。そして、人間が言葉を覚えるのと同じように、彼らは自分たちのコーダを幼少期からしゃべり始めて、家族が持つレパートリーを覚えていく。

海洋生物学者のシェーン・ゲロー氏は、ドミニカ周辺で何百頭ものマッコウクジラに出会ってきた。写真のクジラたちは、彼がファミリー・ユニットFと名付けたグループに所属する。ゲロー氏とプロジェクトCETIのチームは、クジラのクリック音と行動とを合致させることで、彼らの鳴き声の意味を解明したいと考えている(PHOTOGRAPH BY BRIAN SKERRY)

何年もかけて、ゲロー氏はドミニカ沖に生息する2つの大規模な群れにいる何百頭もの個体を特定してきた。彼は尾についている独特の模様を頼りに、多くの個体をひと目で見分けることができる。またクジラのふんと皮膚のDNAを分析することによって、祖母、おば、兄弟姉妹といった関係も特定している。

さらに、氏は詳細な記録を残してきた。その中には、だれが話しているのか、どの群れに属しているのか、だれと一緒にいるのか、そのとき何をしていたのかについて徹底的に注釈をつけた、何千件ものクリック音の録音も含まれる。

これはテストをするには十分な量だった。ゲロー氏の音声記録の一部にAI技術を適用することで、グルーバー氏の機械学習チームは、音声からマッコウクジラの個体を識別するようコンピューターを訓練した。コンピューターは94%以上の確率で正解を導き出した。

これに気を良くしたグルーバー氏は、この有望な結果をさらに発展させるためのワーキンググループを立ち上げた。そこには著名なクジラ生物学者ロジャー・ペイン氏、ハーバード大学のロボット研究者ロバート・ウッド氏、マサチューセッツ工科大学(MIT)コンピューター科学・AI研究所所長のダニエラ・ラス氏らが加わった。

機械学習のブレークスルー

最近では、動物たちのコミュニケーションを解明するために、AIが活用されるケースが増えている。16年には研究者たちが、エジプトルーセットオオコウモリが食べ物をめぐって争っているときと、休憩場所をめぐって争っているときの声の違いを、機械学習を通して識別してみせた。

ネズミたちは、人間の可聴域をはるかに超える音でコミュニケーションをとっている。科学者らは19年、ネズミの鳴き声をソノグラムに変換し、人間の脳回路を大まかにまねた人工的なニューラルネットワークに通すことによって、様々な音と行動をリンクさせた。

こうした新たな理解が可能になったのは、過去10年の間にアルゴリズムが洗練され、コンピューターの処理能力が爆発的に向上したことで、機械学習のブレークスルーが起きたためだ。

しかし、クジラ語の解読に向けた課題は山積みだ。人間の言語を機械翻訳できる理由の一つは、言葉の関連性がどの言語でも似通っているためだ。たとえば英語の「moon(月)」と「sky(空)」との関連性は、フランス語の「lune(月)」と「ciel(空)」の関連性と変わらない。

「クジラの場合、そうしたものが存在するのかどうかが大きな問題です」と語るのは、MITの自然言語処理の専門家で、CETIプロジェクトのメンバーでもあるジェイコブ・アンドレアス氏だ。「彼らのコミュニケーションシステムの中には果たして、言語のように機能する最小単位はあるのでしょうか。また、それらを組み合わせるための規則は存在するのでしょうか」

これを解明するために、たとえば、言語のルールをランダムに作成するアプローチがある。そのルールが会話の「単位」に合致しているかどうかのチェックを行い、もし合致していなければ微調整をして再試行する。コンピューターは「ルールを調整・検証するというこのプロセスを非常に速く行い、何千回、何百万回と繰り返して、データをうまく解明することができるルールのセットを作ります」とアンドレアス氏は言う。

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動物のコミュニケーション研究に革命を起こす
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