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クジラの言葉、解読に挑戦 人の思い込みはAIで排除

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ナショナルジオグラフィック日本版

2008年の春の朝、カナダ人生物学者のシェーン・ゲロー氏は、2頭のクジラがおしゃべりをしているのを耳にした。カリブ海の島国ドミニカの沖合でマッコウクジラたちを追跡していたところ、同じ家族の子ども2頭が、船からそう遠くないところに顔を出したのだ。ドロップとダブルベンドと名付けられた2頭のクジラは、巨大な箱のような頭部を寄せ合って話を始めた。

マッコウクジラはクリック音で「話」をする。彼らがリズミカルに鳴らす一連のクリック音は「コーダ」と呼ばれている。ゲロー氏はそれまでに、すでに3年間にわたって、水中レコーダーを使って数百頭のクジラのコーダを記録していた。しかし、こんな音を聞いたのは初めてだった。2頭のクジラは40分間にわたってクリック音をやり取りし、ときにはじっとしたまま、ときには体を絡ませながら、ほぼ沈黙することなく話し続けた。

ゲロー氏はかつてないほど切実に、クジラたちが何を言っているのかを理解したいと願った。まるで自分が、じゃれ合う兄弟の会話を盗み聞きしているかのように感じられた。「彼らはおしゃべりをし、ふざけあい、いかにも兄弟らしく振る舞っていました」と、ゲロー氏は言う。「たくさんの情報がやり取りされていたのは間違いありません」

それからの13年間で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラー(協会が支援する研究者)であるゲロー氏は、何百頭ものマッコウクジラを記録し、彼らへの理解を深めていった。しかし、ドロップとダブルベンドの会話を耳にしたときの衝撃は忘れられなかった。人間がクジラの言葉を解読するには、また、クジラが本当に言語と呼べるものを持っているかどうかを判断するには、クジラのクリック音と文脈とを合致させることが必要になる。クジラのコミュニケーションを解明するための鍵は、クジラとは何者であり、あの音を鳴らすことで何をしているのかを知ることだろう。

ゲロー氏を含む研究者チームは21年4月19日、マッコウクジラが互いに何を話しているのかを解読するための、5年間の研究プロジェクトの始動を発表した。

チームには、言語学、ロボット工学、機械学習、カメラ工学の専門家が参加していて、今では人間の言語をある程度自在に翻訳できるようになった人工知能(AI)が、大いに活用される。プロジェクトCETI(クジラ目翻訳イニシアチブ)と名付けられたこの計画は、史上最大の異種間コミュニケーションの試みとなるだろう。

研究者たちはすでに、専用の映像・音声記録装置の開発に取り組んでいる。彼らの目的は何百万ものクジラのコーダを記録し、それを分析することだ。彼らは、クジラのおしゃべりの基本的な構造を明らかにしたいと考えている。クジラのコミュニケーションはどのような単位で構成されているのか。文法や構文、あるいは言葉や文章に相当するものはあるのか。

それらを知るために、研究者たちは、クジラがクリック音を発するとき、あるいは聞くときに、どのような行動をとるのかを追跡する。そして、自然言語処理技術(AlexaやSiriが音声コマンドに反応するのを助けているAIの一分野)を活用して、この情報の解釈を試みる。

目指すゴールは、クジラに人間の言うことを理解してもらうことではない。マッコウクジラが自然環境において生活する中で、互いに何を話しているのかを理解することだ。

綿密な研究データとAIの活用

このプロジェクトのきっかけを作ったのは、もう一人の海洋生物学者だった。

ゲロー氏と同じくナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーであるデビッド・グルーバー氏は、ニューヨーク市立大学生物学・環境科学科の教授で、潜水艦を使ったサンゴ礁の調査などを行ってきた。

17年、当時ハーバード大学ラドクリフ研究所のフェローだったグルーバー氏は、フリーダイビングでマッコウクジラの研究をする人々についての本を読んだことをきっかけに、この動物に興味を持った。ある日、クジラのコーダを自分のパソコンで聞いているとき、同じく同研究所のフェローであるシャフィ・ゴールドワッサー氏が通りかかった。

「とてもおもしろいですね。まるでモールス信号みたいです」。ゴールドワッサー氏はそう言ったという。ゴールドワッサー氏は当時、研究所のフェロー向けに機械学習の講義を行っていた。機械学習とは、アルゴリズムを用いてデータのパターンを発見・予測するAIの一分野だ。コンピューター科学者であり、暗号解読技術の世界的な第一人者でもあるゴールドワッサー氏はグルーバー氏に、このクリック音をぜひとも自分のグループと共有してほしいと依頼した。

グルーバー氏は、クジラのことを理解している人と話をしなければならないと感じた。そこで、クジラの家族の動態を追跡する「ドミニカ・マッコウクジラ・プロジェクト」の創設者であるゲロー氏を探し出し、メールを送った。ゲロー氏は、グルーバー氏の話を聞こうと言ってくれた。

 言語学者らは、人間以外の動物は言語と呼べるシステムを持っていないと主張する。それでも、クジラは例外だと証明することはできるだろうか。人間の言語は、社会的な関係を仲介するために進化してきた面をもつが、マッコウクジラが複雑な社会生活を有していることは、すでにゲロー氏によって示されている。

マッコウクジラは動物界最大の脳を持ち、その大きさは人間の脳の6倍にもなる。彼らはメスが支配する社会の中で暮らしていて、特に海面付近に浮上してきたときには、2頭がデュエットのようにコーダを交わし合う。

彼らは数百頭から数千頭の群れに分かれ、それぞれに異なるクリックのコーダを使って自分たちの所属を識別している。マッコウクジラはまた、特定のクリックパターンによってお互いを識別していて、それらをいわば名前のように使っていると思われる。そして、人間が言葉を覚えるのと同じように、彼らは自分たちのコーダを幼少期からしゃべり始めて、家族が持つレパートリーを覚えていく。

何年もかけて、ゲロー氏はドミニカ沖に生息する2つの大規模な群れにいる何百頭もの個体を特定してきた。彼は尾についている独特の模様を頼りに、多くの個体をひと目で見分けることができる。またクジラのふんと皮膚のDNAを分析することによって、祖母、おば、兄弟姉妹といった関係も特定している。

さらに、氏は詳細な記録を残してきた。その中には、だれが話しているのか、どの群れに属しているのか、だれと一緒にいるのか、そのとき何をしていたのかについて徹底的に注釈をつけた、何千件ものクリック音の録音も含まれる。

これはテストをするには十分な量だった。ゲロー氏の音声記録の一部にAI技術を適用することで、グルーバー氏の機械学習チームは、音声からマッコウクジラの個体を識別するようコンピューターを訓練した。コンピューターは94%以上の確率で正解を導き出した。

これに気を良くしたグルーバー氏は、この有望な結果をさらに発展させるためのワーキンググループを立ち上げた。そこには著名なクジラ生物学者ロジャー・ペイン氏、ハーバード大学のロボット研究者ロバート・ウッド氏、マサチューセッツ工科大学(MIT)コンピューター科学・AI研究所所長のダニエラ・ラス氏らが加わった。

機械学習のブレークスルー

最近では、動物たちのコミュニケーションを解明するために、AIが活用されるケースが増えている。16年には研究者たちが、エジプトルーセットオオコウモリが食べ物をめぐって争っているときと、休憩場所をめぐって争っているときの声の違いを、機械学習を通して識別してみせた。

ネズミたちは、人間の可聴域をはるかに超える音でコミュニケーションをとっている。科学者らは19年、ネズミの鳴き声をソノグラムに変換し、人間の脳回路を大まかにまねた人工的なニューラルネットワークに通すことによって、様々な音と行動をリンクさせた。

こうした新たな理解が可能になったのは、過去10年の間にアルゴリズムが洗練され、コンピューターの処理能力が爆発的に向上したことで、機械学習のブレークスルーが起きたためだ。

しかし、クジラ語の解読に向けた課題は山積みだ。人間の言語を機械翻訳できる理由の一つは、言葉の関連性がどの言語でも似通っているためだ。たとえば英語の「moon(月)」と「sky(空)」との関連性は、フランス語の「lune(月)」と「ciel(空)」の関連性と変わらない。

「クジラの場合、そうしたものが存在するのかどうかが大きな問題です」と語るのは、MITの自然言語処理の専門家で、CETIプロジェクトのメンバーでもあるジェイコブ・アンドレアス氏だ。「彼らのコミュニケーションシステムの中には果たして、言語のように機能する最小単位はあるのでしょうか。また、それらを組み合わせるための規則は存在するのでしょうか」

これを解明するために、たとえば、言語のルールをランダムに作成するアプローチがある。そのルールが会話の「単位」に合致しているかどうかのチェックを行い、もし合致していなければ微調整をして再試行する。コンピューターは「ルールを調整・検証するというこのプロセスを非常に速く行い、何千回、何百万回と繰り返して、データをうまく解明することができるルールのセットを作ります」とアンドレアス氏は言う。

当然ながら、解読への鍵は研究者が十分なデータを集められるかどうかにかかっている。機械学習は膨大な量の情報を必要とするが、ゲロー氏が持っている記録はわずか数千件にすぎない。クジラの発話にパターンを見いだすためには、おそらくは数千万かそれ以上の数のコーダが必要となるだろう。

また、科学者たちはコミュニケーションと行動を正しく組み合わせる必要があると考えている。狩りに行く前に現れる特定のコーダや、交尾をすると決めるときに作られる音の配列はあるだろうか。

「これはパーティーのようなものです」とグルーバー氏は言う。パーティー会場のあちらこちらにマイクを数本設置すれば、会話の断片を拾うことはできる。しかし、人々の行動を観察することによってはじめて(だれがだれの腕を触ったか、だれがよりよい相手を探して部屋を見回しているかなど)、「その場の全体像が見えてくるのです」

動物のコミュニケーション研究に革命を起こす

CETIのリーダーたちは、ドミニカの海でより大々的にクジラのモニタリングを実施するために、同国とパートナーシップを結んだ。CETIのチームはまた、ナショナル ジオグラフィック協会からの資金提供も受けている。

CETIの研究者たちはすでに1年をかけて、高解像度の水中センサーを大量に配置しつつあり、この装置が1日24時間、ゲロー氏がクジラを調査している海域の広範囲で音を記録し続ける。

ナショナル ジオグラフィックの探検技術ラボは、ナショジオ エクスプローラーでもあるハーバード大学のロボット研究者ウッド氏とともに、吸盤でクジラの体に貼り付く新しいビデオカメラの設計に協力した。このカメラは従来のものとは異なり、クジラが狩りをする深さの圧力に耐え、ほぼ完全な暗闇の中で画像を撮影し、高品質の音声を記録することができる。

MITのラス氏は、音や映像を目立たないように記録できる空中、浮遊、水中ドローンの開発に携わっている。最近では、サンゴ礁にすむ魚の尾の動きをまねて静かに泳ぐロボットの製作にも手を貸した。

「できる限り多くのことを知りたいと思っています」とグルーバー氏は言う。「天気はどうなっているか、だれがだれに話しかけているのか、10キロ先では何が起こっているか、クジラは空腹なのか、病気なのか、妊娠しているのか、交尾しているのかといったことすべてです。しかしそれを行うにあたっては、できる限り目立たない存在でいたいのです」

外部の専門家は、CETIは野生動物研究に革命を起こすかもしれないと述べている。

米コーネル大学の音響生態学者ミシェル・フォーネット氏は、このプロジェクトは動物研究におけるとりわけ困難な問題に取り組むものだと指摘する。人間はみな、動物の中に人間に似たパターンを見てしまう傾向がある。

「わたしたちはザトウクジラが胸びれを振っているのを見て、彼らがあいさつをしているのだと思ってしまいます」。しかし、たいていの場合、彼らは単に攻撃的になっているに過ぎない。AIであれば、わたしたちが持つ偏見を排除して、コミュニケーションや行動の意味をより正確に見定めることができるだろうと、フォーネット氏は言う。

CETIの研究者たちはむしろ、発見の旅そのものに大きな価値があると考えている。アポロ計画によって人類は月面に到達したが、その過程でわたしたちは、電卓、面ファスナー、トランジスタなどを発明し、それらは今回のプロジェクトを可能にしたデジタル時代の幕開けに貢献した。たとえCETIがマッコウクジラの暗号を解読できなかったとしても、研究者たちは必ずや、機械学習、動物のコミュニケーション、そして世界で最も神秘的な生物の一つであるマッコウクジラへの理解を大きく前進させるだろう。

今後、もしマッコウクジラの発声の構造がより明らかになれば、研究チームがクジラとの意思疎通を試みる可能性もある。その場合はしかし、異種間で対話をするというよりも、クジラが予想通りの反応をするかどうかを確かめることになるだろう。

「クジラに向かって何を話すのかという問いは的外れです」とゲロー氏は言う。「なぜなら、それは彼らが言語を持っていることを前提とした問いだからです」

グルーバー氏もこれに同意する。「目的は、わたしたちがクジラに話しかけることではありません。クジラが自分たちの環境において、自分たちの思い通りに話している言葉に耳を傾けることです。それが、わたしたちが大切にしている考え方です」

(文 CRAIG WELCH、写真 BYBRIAN SKERRY、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年5月2日付]

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