
「肥満―眠気経路」に関わる遺伝子も
さらに、研究者らは約54万人が参加している別の遺伝研究コホートのデータを活用して、英国バイオバンクで得られた結果を検証した。その結果、123の遺伝子座のうち61の遺伝子座で再び昼寝との関連が認められた。このコホートを所有しているのは米カリフォルニア州を拠点とする遺伝子検査を行うベンチャー企業23andMeで、英国バイオバンクとは異なるボランティアが参加している。ちなみに、こちらの参加者は「週に何日、15分以上の昼寝をしますか?」という質問に、0日から7日の範囲内で回答している。こちらもやはり大ざっぱである。
とはいえ、異なるサンプルを用いても結果が再現されたことから、少なくともこの61の遺伝子座に含まれる遺伝子群は昼寝に関連している可能性が非常に高いと言ってよいだろう。そして今回の研究結果の目玉は、その内訳である。
まずは脳内で覚醒を促す作用を発揮しているオレキシンというホルモンの受容体遺伝子が遺伝子座に含まれており、さらに詳しく調べてみると、そのタイプによって昼寝の回数が異なっていた。つまり、覚醒力が低い遺伝子パターンを持っている人がより多く昼寝をしている可能性があるのだ。
このことは何を意味するのか? 先にも書いたが今回の研究参加者は40~69歳である。働き盛りの世代も多く含まれている。通常、この世代の昼寝は睡眠不足や夜勤などライフスタイルの影響が大きいと考えられてきたが(そしてそれは間違いではないだろうが)、少なくとも昼寝行動の一部は遺伝的な影響を受けている可能性が示されたのである。
今回昼寝の頻度に関連して見つかった遺伝子座の中には、過去の研究で代謝、肥満、高血圧などとの関連が知られている遺伝子が多く含まれていた。興味深いことに、それら遺伝子の中には、昼寝と生活習慣病リスクの両者に直結しているものもあった。例えば、神経細胞の分化・発達に関与している「PNOC」という遺伝子が作るタンパク質は肥満リスクと同時に、オレキシンの作用を抑える脳内物質の生成にも関わっている。研究者らはこれを「an obesity-hypersomnolence pathway(肥満―眠気経路)」と呼んでいる。
さらに、イビキの多さ、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、不眠症、レストレスレッグス症候群、夜型傾向(クロノタイプ)など睡眠の質を低下させ、かつ生活習慣病のリスクを高めることが実証されている睡眠障害との関連が疑われている遺伝子や、人での機能はまだよく分かっていないが線虫、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュなどの生物で睡眠行動や生体リズムの調整に関わっている遺伝子も含まれていた。
このように昼寝の頻度に関わる遺伝子が多数見つかり、今後それら一つ一つの機能が解明されれば、昼寝が多いことがどのように生活習慣病を引き起こすのか、そのメカニズムについても明らかになるだろう。もしかしたらそこから新しい作用機序の生活習慣病治療薬が開発されるかもしれない。えてして大きな発見はこのような傍流の研究から生まれてくることが多いからだ。
遺伝子決定論に惑わされて嘆く必要はない
さて、昼寝好きの中には新たな懸念を持った方がいるのではなかろうか。昼寝習慣が遺伝子変異を背景に生じている、そしてその遺伝子変異が生活習慣病のリスクも高めているとしたら、今さら昼寝習慣をやめても生活習慣病を回避できないのではないか? であれば開き直ってもっと昼寝をしてやる! と考えてもよいものか……。
この懸念に対する明快な回答はない。ただし、私ならば以下のようにアドバイスするだろう。
(1)ある遺伝子群の変異が昼寝に積極的に関与していたとしても、その影響の大きさは不明。おそらく睡眠不足などライフスタイルの関与の方が大きい。そして生活習慣病を心配しているのであれば、昼寝をしなくても済むような規則正しい睡眠習慣を心がけると効果も期待できる。
(2)遺伝子の中には睡眠障害の罹患リスクを高めるものもあった。こちらはよい治療法がたくさんあるので、その兆候があれば早めに相談しよう。
(3)もし睡眠不足も睡眠障害もないのに昼寝をせずにはいられないのであれば、遺伝子の関与も考えるべきである。そうであれば生活習慣病を予防する上で大事な食事バランスや運動に気配りしよう。その効果は遺伝的影響を打ち消してくれるかもしれない。
(4)生活習慣病はすべて「遺伝―環境」の相互作用で発症するとされる。遺伝子決定論に惑わされて嘆く必要はない。体質を乗り越えて頑張りましょう!
秋田県生まれ。医学博士。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2021年3月11日付の記事を再構成]