海の流れをシミュレーション

スニーカーが水に浮くことがわかったところで、ではなぜ、セイリッシュ海ばかりに漂着するのだろうか。水死体の足が体を離れて漂流しやすいのなら、世界中どこの海岸でも人の足が見つかってもいいのではないだろうか。

セイリッシュ海の浮遊物がどこへどう流れ着くのかについて、誰よりも詳しそうな人物に話を聞いた。米ワシントン大学シアトル校の海洋学教授パーカー・マクリーディ氏は、セイリッシュ海がある米大陸北西部太平洋沿岸の3次元(3D)シミュレーションを作成し、自身のウェブサイトに公開している。「潮汐(ちょうせき)、風、川、海の状況は、かなりリアルに再現されています」

マクリーディ氏はこのモデルを使って、米ワシントン州シアトル沖で原油流出事故が起こったと想定し、3日間で原油がどのように移動するかを予測した。すると、シミュレーションの海上に現れた原油の塊は、すぐに北へ向かって移動をはじめ、ピュージェット湾へ流れ込んだ。やがて、大きな塊は枝分かれしていくつもの細い筋や塊となり、波や潮の流れに押されてあらゆる方向へ拡散していった。

このシミュレーションは、なぜセイリッシュ海に人の足が流れ着くのかという疑問に重要な手がかりを与えてくれた。セイリッシュ海には、人の足を引き寄せる条件がそろっていたのだ。

第1に、セイリッシュ海は複雑に入り組んだ大きな内海であるということ。マクリーディ氏のモデルが示すように、ここで海に落ちたものは陸と陸の間に閉じ込められ、この中のどこかの浜に漂着する。第2に、ここでは主に西から東へ風が吹き、海からの浮遊物を岸に引き寄せることはあっても、岸から海側へ押し流すことはあまりない。

そして最後に、モデルには示されていないが、マクリーディ氏が指摘したことがある。米大陸北西部の海岸では、滑りやすい岩場を歩くため、スニーカーを履く人が多い。これらすべてに加え、深く冷たい海水と豊富な海の掃除屋の存在という要素を合わせると、セイリッシュ海は人の足を引きつける条件が見事にそろった環境になる。

DNAで判明、足の持ち主たち

ところで、足の持ち主たちは誰なのか。捜査官が最初に調べたのは、行方不明者のリストだった。検視官室はこれまでに、ブリティッシュコロンビアのデータベースに載せられている500人以上の行方不明者に加え、2018年に新たに導入されたカナダ行方不明者DNAプログラムのDNAを、発見された足のDNAと比較した。

その結果、9個が7人の行方不明者のDNAと一致した(このうち2人は両足が見つかっている。また、多くは1年以上前から行方不明になっていた)。最も古い行方不明者は1985年から消息を絶っていた男性で、登山靴を履いた足が2011年に見つかった。最新のケースでは、2016年に行方不明になった男性の足が、2019年にピュージェット湾の島で発見された。

ブリティッシュコロンビアの検視官室によると、カナダで発見された足のなかで殺人事件に関係があると判断されたものは1件もなかった。なかには、事故または自殺であることが明確なケースもあった。たとえば、ある女性は橋の上から飛び降りていた。また、状況がはっきりしないケースもある。2019年にピュージェット湾で見つかった男性に関して、米国の警察は他殺なのか自殺なのか結論付けられなかったとしている。目撃者がいない場合、足だけで死因を探ることはほぼ不可能だ。

なお、この記事の執筆時点で、ブリティッシュコロンビアで見つかった5個の足が、身元不明のままになっている。

(文 ERIKA ENGELHAUPT、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2021年4月24日付の記事を再構成]