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35歳で欧州留学、模写に没頭 草花の声聴く晩成の画家

名古屋画廊 中山真一

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NIKKEI STYLE

才能や感性を鋭く問われる画家らアーティストは、若き日をどう過ごしたのか。ひとつの作品を手がかりにその歩みをたどる連載「青春のギャラリー」。ガイド役は名古屋画廊社長の中山真一さん(63)です。中山さんは「いつの世もアーティストが閉塞感を突破していく。自分を信じて先人を乗り越えていく生き方は、どんな若者にも道しるべを与えてくれるのではないか」と語ります。(前回は「ベニヤ板にクレヨンで描いた17歳 一流の大人に導かれ」

気がつけば、濃密といえどもゆったりとしたこの深い画面空間に、すっかり心を遊ばせていた。作者の造形の技量はいかばかりか。地に草花が生えている。そのさまを描くのは、もとより自然なことであろう。生きとし生けるものたちにひとしく慈しみの目をむけるのは、私たち日本人の心性でもある。それを見習ったのはモネら印象派の画家たち。彼ら以前、西洋では花は切って花びんにさして描くものであった。作者の心情ゆえか、やや暗い画面。モニュメンタルな要素はなにもない。それゆえなのか、みんな生きている。共生している。コンクリートの壁さえ、花や草、水たまりと仲がよさそうだ。描かれたパーツはすべて画面になくてはならぬもの。感動とはなにか。絵になるとはどういうことか。なにげない視覚が永遠の相をとどめえるという絵画の不思議が、この画面のなかにある。

ゴッホ展に目を見張った20歳

この作品《水溜(た)まる》(1985年、油彩・キャンバス)の作者である久野和洋(くの・かずひろ)は、1938年(昭和13年)に名古屋市で生まれた。地元で働きながら春陽会系の洋画研究所にかよう。描いていくほどに絵画への思いはつのるばかり。そんな日々のなか、20歳となっていた58年11月、ファン・ゴッホ展をみるために上京する。夜行列車の往復で1泊4日。ゴッホについては、もともと絵画にもましてその生き方につよい関心をいだいていた。実際に作品の数々に触れると、たとえようもない感動をおぼえることに。故国オランダでの修業時代に自身の生活圏で「耕す人」など関心のふかいモチーフにとりくんだという素描類をはじめ、彼の実人生が凝縮したかのような制作、とくに自画像には目を見張った。

画家をめざすしかない。翌月には再度上京して下宿生活に入った。複雑な家庭のなかでひとり画家志望に反対しなかった母が、こっそり布団を送ってくれる。光風会美術研究所にかよいだす孤独な身であったものの、布団のなかは温かった。どんなことがあっても一生絵を描きつづけよう。つらいことの多かったこれまでの人生経験は、すべて制作の原動力に変えていこう。心に誓った。3年後、23歳のときに武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)に入学。山口長男や麻生三郎らに洋画を、のち彫刻科に編入して清水多嘉示らに彫刻を学ぶ。授業の一環であった奈良・京都への古美術研究旅行は思いのほか楽しかった。自分はいにしえのものが好きと知る。

また、1年生のときにブリヂストン美術館(現・アーティゾン美術館)で青木繁《海の幸》をみてふかい感銘をうけた。青木の郷里・福岡県久留米へは2年連続で命日に墓まいりに行く。そのさい坂本繁二郎の作品にも触れて、以後2人をいつまでも意識していくこととなった。上京以来アルバイトで生活費や授業料をすべてまかなう。優秀な学生ということで、卒業とともに副手、のち助手、非常勤講師となって大学にのこった。麻生に影響をうけたつよい心情性が前面にでがちな制作をつづけるなかで、安井賞展に2度入選(1967、73年)。だが、徐々にそうした作風が自分本来のものではなさそうだと違和感をおぼえていく。

「麻生調」は当時の美術界でブームであった。まして麻生の教え子たちなら、一目で麻生の影響とわかるような制作に終始する者が少なくなかった。麻生芸術がどんなに偉大でも、いつまでも借り物ではなにも始まらない。若き日々を無駄にしてしまう。自分自身の絵とはなにか。久野は懸命に思索をつづける。

73年、大学から1年半の予定でヨーロッパに派遣されることとなった。35歳というおそめの留学。久野は日本とヨーロッパの距離感を自身の身体で計るべく、あえて飛行機をさけ、戦前の船旅ならぬシベリア鉄道で3週間かけてパリに到着する。パリでは、到着翌日さっそくルーヴル美術館へ。なまで見る古典絵画に自分のすすむべき道を自覚することとなった。美術学校で絵画技法を中心に学ぶほか、旅行も精力的に行う。とくにイタリアの美術館・教会めぐりでは初期ルネサンスの清新な息吹、とりわけジョットの作品に心がおどった。

ルネサンス技法と日本の風土を結ぶ

そして、古典絵画の構造と技法を習得すべく、ルーヴル美術館でジョット《聖痕を授かるアッシジの聖フランチェスコ》の本格的な模写にとりくむ。毎日午前中に描くという許可をもらったものの、完成までに1年はかかるはず。すると滞在予定期間を確実に越えることとなる。帰国せねば、同大学の教員をつづける道はとざされてしまう。人生のおおきな選択をせまられた久野は、しかし迷うことなく模写の続行を決意する。大学の籍はうしなった。だが、そのような覚悟ゆえか、すさまじいまでの集中力で久野の模写は、日本人画家たちが明治期以来ヨーロッパで行った名画模写のなかで、もっとも迫真の作となっていく。けっきょく2年半あまりの滞欧。おおきな成果をもって帰国した久野を、こんどは大学側が離さず、あらためて非常勤講師にむかえている。

滞欧の成果たるルネサンス技法の習熟を、日本の風土のなかでどう自分の作風としてきずいていくか。その模索は帰国から4年後、机上のリンゴなどを描いた静物画《実(じつ)》によってみごとな達成をみせた。初期ルネサンス仕込みのたしかな表現技術によって、これまでの日本絵画にないような豊かな空間やモノの実在感を実現している。その後、自身による自然賛歌として「草花礼讃(らいさん)」連作ののち、帰国から9年後の47歳にしていよいよ本作品《水溜まる》に取りくんだ。

「ものを見るとは、どういうことか。対象のほうから語りかけてくる、そのかすかな声を聴くのが画家の感覚だと思う。その意味で、絵を描くとは自分の美意識と周波数のあう対象との対話といえるのではないか。この作品《水溜まる》の場合も、あるときアトリエちかくの空き地をとおりかかると、『久野さん、私はここにいますよ』と呼びかけられたような気がしてふと目にとまった情景だ。コンクリートの壁を背景として雨上がりのくぼ地にできたなんでもない水たまりと周辺の草花。しかし自分にはなんとも美しく思われた。美の小宇宙がかたちづくられている。好きであった仏教の言葉『草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)』を思いだしてもいた。けっして観念的ではなく、あくまでもみずからの肉眼によって、対象の奥に感じたものをいかに表現するか、絵が自然に生まれてくるかが、画家としてもっとも大切なところだと思う」

本作品がきっかけとなって、かつて滞在したこともあるイタリアのトスカーナ地方にくりかえし旅をしながら、「地の風景」の連作が始まる。紀元前にエトルリア文化を育んだ憧憬の地。古代がしのばれる丘陵地帯の静かなる声にそっと耳をかたむけ、自然とのひそやかな対話のなかでひとと自然との交換関係を描く。近年それが奈良の風景、それもなにげない自然の小景からなっており、画面が名状しがたい深みをおびてくるところとなった。それらはまた、画家を志した若き日の誓いの証しともいうべき作品群なのである。

(敬称略)

中山真一(なかやま・しんいち)
1958年(昭和33年)、名古屋市生まれ。早稲田大学商学部卒。42年に画商を始め61年に名古屋画廊を開いた父の一男さんや、母のとし子さんと共に作家のアトリエ訪問を重ね、早大在学中から美術史家の坂崎乙郎教授の指導も受けた。2000年に同画廊の社長に就任。17年、東御市梅野記念絵画館(長野県東御市)が美術品研究の功労者に贈る木雨(もくう)賞を受けた。各地の公民館などで郷土ゆかりの作品を紹介する移動美術展も10年余り続けている。著書に「愛知洋画壇物語」(風媒社)など。

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