熊本城は何階建て? 1000人聞いた難問「お城クイズ」

政治や軍事の拠点として栄え、海外にもファンが多い日本の城。建築技術の高さに歴史、ゆかりの人物…知れば知るほど興味深い。クイズで1000人に聞き、難易度の高い順にランキングした。

■1位 復元された熊本城天守は地上何階建て?
(1)3階 (2)4階 (3)5階 (4)6階

<正答率 17.4%> 甚大な被害をもたらした2016年の地震から復興途上にある熊本城(熊本市)。地震発生から約5年、城の中核である天守が内部も含めて復旧を終えた。大小の天守内には建物を内側から守るダンパーなどの耐震設備やエレベーターが新たに導入された。城内では櫓(やぐら)や石垣などの復旧作業が今も続いている。

問題は天守の基本構造に関するものだったが、正答率が2割に満たない難しさ。「5階」という答えが約43%と最も多かった。天守や櫓の階層の数え方で「○重○階」という言葉がよく出てくるが、「重」が屋根の数、「階」は内部の階数を表す。

熊本城は屋根が3重で内部が6階、地下1階の構造。内部の階数は外観からはわかりにくい。屋根は5重に見えるが、2重、4重目は庇(ひさし)だという。

天守の最上階からは眼前の熊本市内はもちろん、遠く阿蘇の山並みまで見渡すことができる。「武者返し」と呼ばれる反り返る石垣も美しくよみがえった。熊本城は1607年に加藤清正が築城。天守は1877年に焼失し、戦後の1960年に復元された。2016年の地震では天守以外の建物や石垣も損壊し、完全復旧は2037年ごろを見込んでいる。(1)写真は沢井慎也撮影。

<正解は(4)>

■2位 会津若松城の説明で間違っているのは?
(1)戊辰戦争で焼失 (2)昭和40年に再建 (3)鶴ヶ城 (4)赤瓦

<17.9%> 難攻不落の名城といわれた会津若松城(福島県会津若松市)は地元の象徴的存在。「鶴ヶ城」の名で親しまれている。武家の少年で構成された白虎隊も城を守ろうと戦った。現在の天守は1965年(昭和40年)に再建。東日本大震災があった2011年には黒瓦だった屋根を幕末の赤瓦に復元した。(4)の誤答が約4割で最も多かった。

5重5階地下2階の天守内部は戊辰戦争の資料などが展示された博物館になっている。天守などはかつてその戊辰戦争で激しく傷ついたが焼失はせず、その後いったん解体された。(1)会津若松観光ビューロー提供。

<正解は(1)>

■3位 海城といわれないのはどれ?
(1)今治城 (2)高松城 (3)中津城 (4)島原城

<19.9%> 海城(うみじろ)とは海に面して築かれた城。川や湖に面した城と合わせて水城と呼ばれることもある。一般に今治城(愛媛県今治市=写真)、高松城(高松市)、中津城(大分県中津市)を日本三大海城と呼ぶ。島原城(長崎県島原市)は有明海の近くにあるが海城とは呼ばない。

瀬戸内海周辺の海路の要衝に多い。海運の利用に加え、海が堀の役割を果たすため防御面にも優れる。今治城は築城の名手とうたわれた藤堂高虎が築いた。1980年以降、天守などの再建が進み、夜はライトアップされた城郭が水面に反射し昼とは別の趣を見せる。(1)今治城管理事務所提供。

<正解は(4)>

■4位 五稜郭、函館以外にどこにある?
(1)静岡県 (2)長野県 (3)愛知県 (4)長崎県

<22.7%> 函館の五稜郭は有名だが、「もうひとつの五稜郭」と呼ばれている龍岡城五稜郭=写真=が長野県佐久市にあることはあまり知られていない。港町・函館からの連想か長崎という答えが約56%と突出して多かった。幕末に龍岡藩主・松平乗謨(のりかた)がフランスの星形の堀を持つ洋式城郭をモデルに建築した。

函館の五稜郭に比べると小ぶりで、星形の城郭内に小学校がある。国指定の史跡だが、敷地の真ん中が校庭になっている珍しい城だ。小学校は2023年に閉校になる予定で、市などが跡地の整備を検討している。(1)佐久市提供。

<正解は(2)>

■5位 松江城で正しいのは?
(1)世界遺産 (2)祈祷(きとう)札の発見(3)黒鷺(くろさぎ)城 (4)3重4階の天守

<23.9%> 松江城(松江市)の天守は2015年、城郭天守としては63年ぶりに国宝となった。かねて国宝指定に向けた運動はあったが実現に至らず、2012年に「慶長十六年」(1611年)と記された祈祷札2枚が再発見され、その後の研究で完成年が明確になったのが国宝指定の大きな理由となった。ただし世界遺産には登録されていない。

天守は3重4階ではなく4重5階で、高さは石垣を含めて約30メートルある。四方を展望できる「望楼型天守」と呼ばれる形で、鯱(しゃちほこ)は現存する木造のものとしては日本最大だという。別名千鳥城と呼ばれる。(1)小林裕幸撮影。

<正解は(2)>

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