2021/5/17
玄関先に設置された、大きなカウンターごしに談笑する二人。壹番館洋服店のリニューアルに伴って作られたこのカウンターは、樹齢500年のケヤキから切り出したもの。まさに壮観のたたずまいだ

渡辺 セリフ回しとか、技術的なものはとれていっちゃう?

中井 そうですね。僕は最終的に、“気持ちの入った棒読み”を目指しているんです。芝居を始めたてのころは、誰でも棒読みから入りますよね。それだけだとただの“できない俳優”。でも、全部できたうえであえて“やらない俳優”になりたい。そのために今はまず“できる俳優”になることを追求しています。そこを通ったあとの棒読みは、最初とは別物の“気”が入ったものになるはずなんです。

渡辺 それは興味深い。

中井 スーツに関しても、“僕は壹番館で作りたい”、“新さんに仕立ててもらいたい”っていう“気”が一番大切なんじゃないですかね。その交歓によって、かけがえのない一着ができあがっていく。デザインや素材は、“気”があってこそのように感じてしまうんですよね。今、僕が着ているスーツも、改めて着ると25年前に仕立ててもらって、5年前にお直しで生まれ変わって……という歴史を思い起こさせてくれます。

渡辺 ありがとうございます。“気”という言葉で思い出しましたが、以前ある人が「うちの商材はお客さんの気を晴らしてもらうためのものだから」と言っていました。“気晴らし”というとネガティブなイメージもありますが、“気”を晴らす=“気”を再生させることは今こそ大切だと思います。それはお芝居でも、食事でも、洋服でも実現できると思っています。

中井 少し気晴らしに、って壹番館に来るのは、ぜいたく感があっていいですね。

渡辺 改装してから、お話をしにいらっしゃる方も増えました。それって我々にとってはうれしいことなんです。

2階には採寸などを行うサロンとともに、世界各国から集めた コレクションがずらりと並ぶ生地棚も設えられている。 オーダーのロマンをかき立てる粋な仕掛けだ。

『華麗なる一族』出演で再認識した室内服のマナー

中井 4月から始まるWOWOWのドラマ『華麗なる一族』で万俵大介を演じて、改めて実感したことがあるんです。それは、服装と“マナー”との関係。万俵大介は1960年代初頭の大富豪という役柄で、仕事中は常にダブルかスリーピースのスーツという服装なのですが、家に帰って上着を脱ぐと代わりにガウンを羽織って、アスコットタイをするんですね。今の感覚だと“なんで上着を脱いで、また別の上着を着るの!?”と思いますが、これが家での“マナー”なんだと思いました。ファッション好きとしても、この役をやれて本当によかったなと思いましたね。

渡辺 家での“マナー”ですか。リモートワークが浸透する今にあって、考えさせられるお話ですね。

中井 “マナー”という視点から服装を見たときに、現在のスーツ離れという現象が、マナーの低下に結びつきはしないかと危惧しています。マナーとは“人にいやな思いをさせないための気遣い”ですよね。それは立ち居振る舞いもさることながら、服装でも表されるものだと思います。レストランに行くときにスーツやジャケットでお洒落(しゃれ)をしていくのも、お店やシェフに対する敬意を表すことです。そういうマナー意識が、スーツ離れとともに希薄になってしまうのは心配ですね。

渡辺 気遣いや敬意といったものがなくなってくると、いくら物質的に充足していても“質感”がなくなってしまいます。それはつまらないですよね。コロナ禍を経て、スーツはもはや仕事の制服ではなくなりつつあります。テーラーにとっては、100年以上前に明治天皇が“日本の正式な服は洋服である”と宣言されたときの呉服屋さんと同じ心境。でも、今だって和服は粋を表現する装いとして根付いていますから、スーツも同様に、これからは自分のこだわりや思い入れを表現する服になっていくのかなと思います。

中井 志村喬さんの奥様とお付き合いさせていただいて、「日常で着物を着ている格好よさは、お洒落で着る以上の格好よさがある」ということを勉強させてもらいました。スーツもよそ行きの服ではなくて、日常でマナーや粋を表現するための服として着られるようになるといいですよね。リモートでもスーツ着ませんか、くらいの文化が浸透していったらすてきだと思います。

渡辺 今、リモートワークでこころのバランスを崩している人も多いと聞きますが、服装を変えることでリズムをつけられますし、生活のクオリティーを上げることもできますよね。家でも外でも部屋着のような服装では、気持ちも停滞してしまいます。

中井 気晴らしのためにもビスポークスーツを日常で着て、ランチを食べこぼしたりなんかしても気にしない。そんなふうになれたら格好いいですよね。

Shop Data 壹番館洋服店
1930年創業。日本洋装文化の黎明(れいめい)期から続くテーラーとして、今も別格の地位を誇る。1997年より代表取締役社長を務める渡辺 新さんは創業家の3代目で、慶應義塾大学卒業後にイギリスとイタリアで服作りを修得。同店の看板を守りつつ、銀座の街を盛り上げる振興活動にも取り組む。
住所:東京都中央区銀座5-3-12 TEL:03-3571-0021
営業時間:10 時~19時(日曜・祝日11 時~18 時)  休業日:火曜

※表示価格は税抜きです。

撮影=野口貴司(SanDrago)、筒井義昭、若林武志〈静物〉、鈴木泰之、小澤達也、恩田拓治、武蔵俊介 スタイリング=四方章敬、宮崎 司(CODE) ヘアメイク=馬場拓也(SEPT)、吉村 健(AVGVST) 構成・文=小曽根広光 文=吉田 巌(十万馬力)、間中美希子、伊澤一臣、柳澤 哲 撮影協力=バックグラウンズファクトリー、EASE イラスト=林田秀一

MEN'S EX

[MEN’S EX Spring/Summer 2021の記事を再構成]


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