25年前に仕立てたスーツを携えて、中井貴一さんが日本を代表するテーラー、壹番館洋服店を再訪。店主・渡辺新さんとの対話で明かす、オーダースーツの“今”と“これから”の話。
銀座もオーダーメードも本当は“気楽”なもの
中井 新さんお久しぶりです。お店、リニューアルされたんですね。
渡辺 ええ、2020年の10月に改装しました。ケヤキの木から切り出した作業台を入り口のすぐ側にしつらえてみたのですが、そうするとお客様との会話が前よりも気軽に進むようになりました。ちょうどお寿司屋さんのような感じで、お客様をカウンターの前にお通しして、チョキチョキやりながら世間話をしたりする。そうすると、お客様もよりリラックスしていただけるんです。
中井 玄関先に“おかえり GINZA”っていう暖簾(のれん)が掛かっていましたけど、まさにその言葉がぴったりのおもてなしですね。銀座って敷居が高い街と思われがちで、実際自分もかつてはそう感じていた。でも、ある年齢になってくると、実は銀座ってもともと下町で、少し前までは「や、どうも、元気ですか」って、地元の人たちが声を掛け合っていた街だったんだろうなということがわかってくる。そんな場所に昔からある壹番館洋服店というお店も、さぞ格式高そうに見えて実は誰でも気軽に扉を開けられる場所なんだなと。入ってすぐのところに置かれたカウンターも、「新さんどうも、お元気?」「やぁいらっしゃい、どうぞそこへ」っていう気軽さを表す象徴に見えます。
渡辺 おっしゃるとおりです。全てがネットで手に入る今、実際に店舗を構える我々は“会話”を武器にしていこうと思っています。ビスポークの語源どおり、それはテーラーの原点でもあります。単にスペックの確認をするだけじゃなくて、お客様と“こころ”のやりとりをして、セッションをしながら一着の服を作り上げていく。それが価値になると思っています。役者さんって、共演する方とスムーズなセッションができるようになるまでにはある程度時間がかかるものなんですか?
中井 それまでの信頼関係とか相性とか、色々な要素によって様々ですね。我々役者はファーストコンタクトの段階で“この人、閉ざしてるな”というのがわかってしまいます。そういうとき私は、自分から色々な演技のアプローチをしてそれを崩していく。すると、相手も反応して動き始めることがある。
渡辺 動き始めると楽しいですよね?
中井 楽しいですね。現場にいる人にしかわからない一体感が生まれます。その見えない空気感が、画面にも映るんですよね。昔、高倉 健さんがよく“気”という言葉を使っていらっしゃいました。当時は十分に理解できなかったのですが、芝居をやればやるほど、突き詰めるところは“気”しかなくなってくるんです。