日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/5/14

アリの脳にいちど生じた変化が元に戻るかどうかを詳しく調べるため、ペニック氏らは60匹のガマゲイトを選び、識別のために体に色を塗った。ランダムに選んだ30匹のガマゲイトは数週間隔離し、残りの30匹は比較対照群として隔離せず元のコロニーに戻した。

隔離されたことでガマゲイトの繁殖力は低下したようで、隔離後にそれぞれのコロニーに戻すと、すぐにほかの働きアリたちに捕まってしまった。

卵巣が部分的に発達しているガマゲイトを発見すると、働きアリたちはそのアリに噛みつき、何時間も、ときには何日もその状態で拘束する。これは「取り締まり(police)」と呼ばれる行動で、研究者たちは、コロニーの中で生殖能力のある個体が増えすぎないようにしているのではないかと考えている。拘束しても体に危害を及ぼすことはないので、「牢屋に入れるようなものです」とペニック氏は言う。

こうした状況に置かれたガマゲイトは、通常は1日程度で働きアリに戻る。科学者たちは、ストレスが一連の化学変化を引き起こすのではないかと考えている。

「ガマゲイトから働きアリに戻った個体の脳をスキャンしてみると、すべての特徴が完全に元の働きアリに戻っていました。卵巣は縮小し、再び毒液を作るようになっていて、脳も元の大きさまで成長していました」

「アリなんか調べてどうするんだ」

脳のサイズや複雑さが大きく変化する現象は、冬眠するジリスや一部の鳥類などでも報告されている。例えばミヤマシトドという鳥の脳は、繁殖期が始まると、新しいさえずりを覚えるために新しいニューロンが6万8000個もできてくる。餌が少なくなる冬がくると同じ数のニューロンが死滅し、春になるとまた増える。しかし、比較的寿命が長い脊椎動物ではなく、昆虫でこうした現象が見つかったのは今回が初めてだ。

「ここでみたすべての性質について可塑性がある昆虫はたくさんいますが、これほど可逆的な可塑性をもつ昆虫は、ほかに知られていないと思います」と、米ミネソタ大学の進化生物学者であるエミリー・スネル・ルード氏は言う。「社会性昆虫の多くは、働き手としての生活段階が変化したり、女王になったりする際に脳領域に変化が起こります。けれども、いちど変化させた神経への投資を後になって元に戻すのは、まったく別のことです」

アダムズ氏は、自分たちの研究が足りないだけで、脳の可逆的な変化はそれほど珍しい現象ではないかもしれないと言う。「もっといろいろな生物で起こっていても不思議ではありません」

彼女は、コロニーに複数の女王がいるタイプのアリに注目することを提案する。その一例が、オーストラリアのニクアリの仲間(Iridomyrmex purpureus)だ。このアリのコロニーでは、一部の女王たちがコロニーにとどまり、ほかの女王たちは採餌に出かけるなど、女王の間でも分業体制をとっているが、彼らの脳の大きさや機能には違いが生じているかもしれないとアダムズ氏は言う。

動物の脳の可逆的可塑性の研究は、人間の脳の理解にも大きく関わってくる。ペニック氏は、「最終的には、人間の脳の発達過程などについても何らかの発見があるかもしれません」と期待する。

そうした研究から、神経の可塑性に関連する遺伝子やその働きがもっと詳しく解明されるかもしれない。

スネル・ルード氏は、「『アリなんか調べてどうするのだ』と思う人もいるかもしれませんが、このアリたちは、進化の過程で、神経の可塑性という魅力的なメカニズムを獲得したのです」と言う。「さまざまな動物の驚異的な神経適応から、多くのことを学べるはずです」

(文 TROY FARAH、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年4月20日付]

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