EHTは、グリーンランドから南極まで世界各地の電波望遠鏡を組み合わせることで、地球規模の天文台として機能させている。M87の超大質量ブラックホールの画像を作成するためには、膨大な量のデータを組み合わせる必要があった。実際、データの量が多すぎてデータをデジタル転送することができず、ハードディスクを郵送しなければならなかったほどである。

19年4月に最初の画像が公開されたとき、科学者たちは、ブラックホールが100年前の理論の予測とほぼ同じ形をしていたことに驚愕(きょうがく)した。

M87の画像は、アインシュタインが1915年に発表した一般相対性理論を検証する機会となった。一般相対性理論では、私たちが感じている重力は、物質が時空の構造を湾曲させるときに現れるとされている。M87の中心部のまわりは極端な重力と磁場と粒子が入り乱れているため、一般相対性理論に挑戦するのに最適な場所の一つである。

「科学者は皆、既存の理論を破ろうとしています。理論のほころびを見つけられれば、多くのことを学べるからです」とハガード氏は語る。「私たちはモデルを壊すのが大好きです。けれども、一般相対性理論を破ることにはまだ成功していません」

EHTが公開したブラックホールの画像は、みるみるうちに世間に浸透していった。なかでも特に活発に議論されたのは、どの食べ物に似ているかということだった。「ベーグルとドーナツのどちらに似ていると思いますか?」とボロンテリ氏は言う。

この論争は、21年3月、オランダ、ラドバウド大学のモニカ・モシチブロツカ氏らがオリジナルの画像を更新したことで決着がついた。ブラックホールはクルーラー(生地をねじって作る、溝のあるドーナツ)に似ていた。新しい画像では、元のリングの上にブラックホールの磁場の構造が重ねられている。モシチブロツカ氏らは、ブラックホールのまわりの極限的な物理的条件をより詳細に解き明かすために、磁力線をたどる荷電粒子を調べた。

謎を解く鍵

論文にもある通り、多波長観測は「おいしそうな」ブラックホールの画像をさらに詳細に見せてくれる。

科学者らは、複数の観測結果を組み合わせることで、M87の中心部からジェットが噴出する物理現象が明らかになると期待している。ジェットはM87自体に匹敵するほどの大きさで、長さは数千光年にもなる。

太陽系に飛び込んでくる宇宙線(宇宙からやってくる非常に高エネルギーの粒子)は、このようなジェットに由来しているのではないかと、科学者らは考えている。地球の大気に衝突する高エネルギー粒子の中には、銀河系の中で発生したとは思えないような猛スピードで飛んでくるものもある。

「主な疑問の一つは、こうした高エネルギー粒子はどこから来るのかということです」と、マーコフ氏は言う。「ブラックホールのジェットはどのようにして発生するのでしょうか? 中には何があるのでしょうか? ジェットに由来すると思われる高エネルギー宇宙線は、どのようにして加速されているのでしょうか? これらの疑問は、EHTだけでは解決できません」

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EHTともう一つのブラックホール
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