『春を告げる』のyama 余計な情報をそぎ落としたい
特集 最新ヒット&ブレイクの作り方(2)
急速に進んだエンタ界のデジタル化を背景に、ヒットの作り方が大きく様変わりした。新たなスターを次々と生み出す「TikTok」や「オーディション」のトレンドからオンライン化でチャンスが広がる「バーチャルワールド」「カタログ」まで、ブレイク&ヒットの最新事情を探っていく。第2回で取り上げるのは、昨年TikTokで多くのユーザーたちが『春を告げる』のカバー動画を上げ、一躍大注目の存在となったシンガーのyama。SNSに対する思いや、プロフィールを明かさないセルフプロデュース術、そして曲作りの秘訣に迫った。
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2020年4月に配信リリースした『春を告げる』が、TikTok上で数々の動画に使用され、Spotifyのバイラルチャートで1位を獲得。ブレイクアーティストに仲間入りし、10月にメジャーデビューしたyama。
18年から歌い手として活動を始め、YouTubeにボカロ曲のカバー動画を中心に上げ続けていたところ、ハスキーな歌声と圧倒的な歌唱力が話題に。19年には、人気ボカロP・くじらに誘われ『ねむるまち feat. yama』にボーカルとして参加。着実に知名度を上げてきた。
TikTokで話題になっていることに気づいたのは、YouTubeの再生数が一気に上昇していたからだそうだ。
「リリースから1カ月経った5月頃から、YouTubeの再生数が急に伸び始めたんです。ただ自分はTikTokをやっていなかったので、最初はわけが分からなくて(笑)。その理由を紐解いていったら、TikTokに『春を告げる』を使用した動画がたくさん上がっていると知ったんです。
ミュージックビデオ(MV)の再生数が伸びていくのはすごくうれしかったんですけど、その反面、ちょっと怖いというか、実力が数字に追いつけてないんじゃないかという焦りも正直ありましたね。
今もTikTokには、『春を告げる』をはじめ、自分の楽曲を使った動画がたくさん上がっていますが、特にうれしいのはカバー動画が多いこと。もともと自分も、ボカロ曲をカバーしてYouTubeに上げていました。それは、「難しい曲を歌いこなしたい」という思いから。それと同じような気持ちで、自分の歌に挑戦してくれていると思うと、ありがたいですね」
yamaは、顔出しをしておらず、年齢、性別、出身地といった情報も非公開。そこにはちゃんとした理由があるという。
「自分は余計な情報をできるだけそぎ落としたいタイプなんです。パーソナルな部分と作品を明確に分けたほうが、より音楽に集中できて、世界観に没頭してもらえるかなと思っていて。なので、SNSでも日常的なつぶやきなどはしないですね。
あと、『春を告げる』のMVは、以前から好きだったイラストレーターのともわかさんにお願いして書いてもらった、一枚絵にしているんです。当時は、実写やアニメのMVを作る予算がないということもありましたが、一枚絵だからこそ、曲に集中できるんじゃないかという思いもありました」
共同作業の楽しさを知った
そんなyamaはどのように楽曲制作を行っているのか。『春を告げる』の作詞作曲を務めたくじら、デビュー後の楽曲を手掛けるTOOBOEへの信頼は厚いようだ。また、エンジニアの釆原史明も、レコーディングには欠かせない存在だという。
「『春を告げる』は初のオリジナル曲で、カバーを2年ほどやり続けるなかで、一歩先に進みたいという思いがあったんです。そこで『ねむるまち』でつながることができた、くじらさんに制作をお願いしました。くじらさんが作る楽曲はもともと大好きだったので、あえて何もリクエストは出さず、『くじらさんの思うように書いて下さい』と。2曲が上がってきたんですが、『春を告げる』はタイトルも歌詞にも、"開幕戦"っぽさがあったので、新しいスタートにふさわしいと思って選びました。
TOOBOEさんにも全幅の信頼を置いているので、基本お任せしています。彼の曲は、次の展開が予想しづらく、レコーディングで歌う時はいつも苦戦していて(笑)。時には、同じパートを1時間以上歌い続けることもあります。ただそんな時は、エンジニアの釆原さんのボーカルディレクションも取り入れて、ブラッシュアップするようにしています。
釆原さんのアドバイスは、歌声に含まれる息の量や、滑舌など、自分にはない視点のものも多くて。新曲の『麻痺』は、葛藤を抱えながらも前を向いて走っていこうという内容なんですけど、『疾走感を表現するため、パキッとした勢いのある声にしよう』など、細かくディレクションしてくれる。1人で歌うほうが楽だとずっと思ってきたんですけど、信頼関係が築けている人との共同作業はいいなと感じています」
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(ライター 阿部裕華)
[日経エンタテインメント! 2021年4月号の記事を再構成]
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