歌手リリーの原点は神田ガード下 浅丘ルリ子の故郷編集委員 小林明

映画「男はつらいよ」シリーズのマドンナ役として最も多く登場するのが、浅丘ルリ子さん(80)が演じた歌手リリー(計50作中で6回登場)。カラッと明るい姉御肌で、主役の寅さんと相思相愛の仲になるシリーズには欠かせない役どころだ。その役柄を生む原点になったのが、ルリ子さんが少女時代を過ごした東京・神田のガード下だったのをご存じだろうか?

実は、その懐かしい昭和の雰囲気を漂わせたガード下が耐震補強のために再整備され、姿を急速に変えつつある。現存していたルリ子さんの旧自宅は解体され、小中学校時代の同級生が営むすし屋やスナックも相次いで移転を余儀なくされている。「時間の流れは止められないから仕方がないわね。でもすごく寂しい……」と感慨深げに語るルリ子さん。

日本経済新聞朝刊に連載した「私の履歴書」や自伝「私は女優」に共同執筆者として携わってきた筆者が、「男はつらいよ」のリリーの誕生秘話のほか、東京五輪開催に向けて大きく変貌を遂げる東京・神田の下町や人間模様を追いかけた。

薄暗くジメジメした飲み屋街、今川小路が「心の故郷」

「今川小路」にあった浅丘ルリ子さんの旧自宅(「大松」の看板が掲げられた左手前の角地、千代田区鍛冶町1丁目=2016年6月14日撮影)

「今川小路」――。JR神田駅西口から線路沿いを南へ約250メートル歩くとルリ子さんが少女時代を過ごした懐かしい場所にたどり着く。写真の左手前に見える看板「大松」を掲げた2階建ての角地が旧自宅。「昼間でも薄暗くて、列車の走行音がひっきりなしに聞こえるジメジメした飲み屋街だった。そのガード下が私にとっての心の故郷なの」と振り返る。だが今では、小路の両側にあった店舗や空き家などはすべて取り壊され、柵に囲われた更地になってしまった。

取り壊された「今川小路」と旧自宅(2021年4月16日撮影)

今川小路は千代田区(鍛冶町)と中央区(日本橋本石町)の境界。かつては隅田川に抜ける竜閑川が流れていた。1950年ごろにこの川が埋め立てられると露天商が軒を連ねるようになり、仕事帰りのサラリーマンらが立ち寄る「隠れ家的な盛り場」として人気を集め始める。最盛期には居酒屋、焼肉屋など20軒弱が営業していたという。

戦後の混乱期、小学校から中学校にかけての多感な時期をルリ子さんはここで暮らした。

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「裕福な生活」と「下町暮らし」、初恋の思い出も