日経ナショナル ジオグラフィック社

薄い大気に厳寒の夜

NASAの探査車パーシビアランスは、2月18日に火星に着陸した後、インジェニュイティを地表へ降ろした。探査車は現在、ヘリコプターの試験飛行の連絡中継点になっている。

希薄な大気のなかで、ローターを使用してヘリコプターの飛行を制御するのは難しい。センサーの不具合が生じたり、突風が吹くなど、何らかの問題が発生すれば、ヘリコプターは地面に激突する。

火星でヘリコプターを飛ばすという案は1990年代から検討されてきたが、そこから地球の真空室での試験飛行を成功させるまで約20年がかかった。バッテリーの効率化、コンピューターの小型化、ローターに使う軽量素材の開発など、技術の進歩を待たなければならなかったのだ。

インジェニュイティは、直径1.2メートルのローターを毎分2500回転で高速回転させる。空中で機体を安定させるために、自動運転車用に開発された技術を使って、ローターを瞬時に自律制御する必要がある。

地上で休んでいる間も、インジェニュイティはセ氏マイナス90度まで下がる火星の夜を乗り切る必要がある。特別に調節された小さな太陽光パネルでバッテリーを充電し、ヘリのモーターや、夜間に機体を温めるヒーターを動かす。

飛行再開の準備が整ったら、NASAのチームは火星時間の午後半ばにインジェニュイティを飛ばす予定だ。この時間であれば、ヘリコプターの太陽光パネルは飛行前と飛行後に充電する時間が取れるため、夜間の暖房用の電力を確保できる。

また、NASAはパーシビアランス搭載の機器で突風を観測し、飛行に最適な時間を決定する。

インジェニュイティのチーフエンジニアを務めるボブ・バララム氏は、初飛行前の最新報告で、「インジェニュイティは、風をシミュレーションしたり、JPLの実験室にある巨大な『風の壁』で試験を実施しています。しかし、火星で起こりうるすべての状況のなかで試験することは不可能です」と解説している。

インジェニュイティには、その歴史的な意義を示す印として、切手大の布が搭載されている。ライト兄弟が、1903年に初の動力飛行に成功した「ライト・フライヤー」に使用された布を切り取ったものだ。その飛行時間は、わずか12秒だった。

1903年12月17日、ライト兄弟は米ノースカロライナ州キティホークで初の有人動力飛行に成功した。この飛行機の翼に使われていた布の一部が今回、NASAのヘリコプター「インジェニュイティ」に搭載され、火星の空を初飛行した(PHOTOGRAPH BY NASA)

「ライト兄弟は私のモチベーションです」と、アウン氏は言う。彼らの初飛行が成功するまで、「多くの人が部分的な試験や、部分的な成功を見てきました。理論的予測や分析に基づいた予測、なかには哲学的な予測を立てた人もいたでしょう。けれどどこかで、とにかくやってみようという勇気が必要になるのです」

次ページでも、偉業を成し遂げた火星ヘリが撮影した貴重な機影の写真や、探査車パーシビアランスが撮影した写真などをご覧いただこう。

ナショジオメルマガ