北極圏の雷に倍増予測 森林火災や気候変動を加速か
かつて北極圏では雷がとても珍しかった。人生で一度も目にしたことがないという住民もいた。だが、その状況は変化しつつあり、影響は北極圏の外にまで及ぶ可能性が出てきている。
2021年4月5日付で学術誌「Nature Climate Change」に発表された論文によると、北極圏の雷は21世紀末までに2倍になると予測している。別の研究は、北極圏の雷が過去10年間で3倍に増えたことを示唆しているが、これについては疑問視する研究者もいる。
雷の増加は、気候変動の急速な進行を示すと同時に、将来を危惧させるものでもある。生態系の変化をもたらし、気候変動をさらに加速させる可能性があるからだ。
「これまでは(雷の)発生数が少なかったのですが、雷の増加は気候にとても大きな影響を与える可能性があります」と、今回の論文の筆頭著者である米カリフォルニア大学アーバイン校の研究者ヤン・チェン氏は語る。
雷が増え、森林火災が増える
2002年、研究者らがカナダ北西部の北極圏に住む先住民の高齢者に聞き取り調査をしたところ、どの人も生涯でせいぜい数回しか雷雨を見た記憶がないと答えた。ある長老は、わずか5歳だった1930年代に一度だけ嵐を見たことがあると話した。
「フェアバンクスに来たばかりの頃は、雷雨を見るとびっくりしていました」と、北極圏における雷の増加を研究している米アラスカ大学フェアバンクス校の気象学者ウマ・バット氏は語る。氏はアラスカ州に住んで22年になる。
2014年と2015年には、アラスカ州とカナダのノースウエスト準州で過去最大級の森林火災が複数発生し、広大な地域が燃えた。原因は落雷。北極圏で発生する火災の9割以上は落雷がきっかけだ。
温暖化と乾燥にともなって植物が燃えやすくなっていることが要因の一つだが、両年の火災には別の要因があるのではないかと、オランダ、アムステルダム自由大学の気候科学者サンダー・フェラフェベーケ氏は考えた。つまり、火災の引き金となる雷の発生頻度も高まっているのではないかと予想したのだ。氏は今回の論文の共著者でもある。
「それらの年の雷のデータを調べてみると、偶然でないことがわかりました」とフェラフェベーケ氏は言う。「雷の増加は、ほぼ即座に火災の増加につながっています」
氏らは2017年に発表した研究で、アラスカ州とノースウエスト準州で大きな被害がもたらされた2014年から2015年にかけて、記録的な数の落雷による発火があったことを明らかにした。
雷は増えているのか?
しかし、実際に北極圏で雷が増えているのかどうかはよくわかっていない。というのも、北極圏全体で雷を継続的に計測した記録がないからだ。
1995年に打ち上げられた人工衛星が極地の雷を記録していたが、2000年に運用が廃止されてしまった。新しい雷観測衛星は、極域をカバーしていない。
雷が発する電波を検知する地上観測網が現在、世界中のほぼすべての場所で発生する雷を記録している。しかし、北極圏全体を記録できるようになってから20年に満たず、確固たる傾向を示すにはまだ十分でないと気候科学者たちは言う。
米ワシントン大学の研究チームは最近、2004年から運用されている全地球規模の地上観測網「World Wide Lightning Location Network(WWLLN)」のデータを調査した。その結果、北緯65度以北で記録された雷の数が、2010年の5万回以下から2020年には約25万回に増加したことがわかった。
研究者らは、センサーの設置数が増えたことが影響した可能性もあるとしながらも、この地域の雷は過去10年間で3倍に増えたと推定している。論文は2021年3月22日付で学術誌「Geophysical Research Letters」に発表された。
しかし、フィンランドの気象観測機器メーカー、ヴァイサラ社が運営する別の世界的な雷観測網「The Global Lightning Database 360(GLD360)」では、この劇的な増加はとらえられていない。2012年に運用が開始されたため、ワシントン大学のチームよりも観測期間は短いが、センサーの感度が高いため、他の観測網に比べ、より弱い雷を含めてより多く記録している。
それでも2012~2020年の間、GLD360では雷活動の明確な増加は記録されなかったと、ヴァイサラ社のリサーチエンジニアであるライアン・サイード氏は話す。ただし、必ずしも増加傾向がないということではない。パターンがどのように変化しているかを本当に把握するには、さらに何年もの観測が必要だという。
「これはまだ旅の始まりにすぎないのです」とサイード氏は言う。
今後の雷の増加はほぼ確実
すでに変化が起きているかどうかは別にして、気候変動によって北極圏に雷が増えることはほぼ確実だとチェン氏は言う。
雷の発生には非常に特殊な条件が必要であり、これまで極北ではそれらがそろうことは少なかったが、気候変動によって今後はもっと一般的になるかもしれない。
まず、地表の空気が暖かく、水分を含んでいて、急速に上昇する状態になっていなければならない。また、上昇した暖かい空気の水分が凍って小さな氷の粒子になるよう、上空の空気は十分に冷たくなければならない。さらに、氷の粒子が勢いよくぶつかり合って帯電するよう、空気全体が渦を巻くほどの乱流となっていなければならない。それでようやく、雲の中、あるいは雲と地面の間で、巨大な放電が起こる。
北極圏の大気は冷たく、比較的安定しているため、従来は雷雨の発生に適していなかった。しかし、北極圏の気温はこの30年間だけで1~2度上昇しており、地球上のどこよりも速いペースで上がっている。
チェン氏らのチームは、こうした気候の変化によって、今世紀末までにどれだけ雷が増えるかを推定したいと考えた。そこで、1990年代に北極圏の雷を記録した衛星からのデータと、同時期の気象データとを比較し、北極圏の雷にどのような大気条件が最も関連しているのかを調べた。
気候モデルによると、雷が発生しやすい特定の条件、ひいては雷の発生そのもの(雷雨の発生のしやすさとは少し異なる)は、将来的にツンドラ地帯では約1.5倍、北部の森林では約2倍になると予測された。世界全体では雷が減ることを示唆する研究もある。雷の多い熱帯地方が温暖化して、氷の結晶が形成されにくくなることが一因だ。
雷によって何が起きるのか?
しかし、最大の懸念は雷そのものではなく、雷によって何が起きるかということだ。森林火災は世界中どこであれ、森林や土壌に蓄えられている炭素を放出させる。例えば、2020年に発生したオーストラリアの森林火災では、8億トン以上の二酸化炭素が放出され、同国の年間総排出量の約1.5倍に達した。
火は地上の木質物を燃やすだけではない。「火災は3次元的なものです」と米ノーザン・アリゾナ大学の生態学者で北極圏の専門家であるミシェル・マック氏は説明する。地表付近の火の下では、土壌中の有機物が燃える。そして、北極圏の土壌は、世界の他の地域よりもはるかに多くの炭素を含んでいる。上部数十センチのところに何十年分もの炭素が蓄積されていることもしばしばだ。フェラフェベーケ氏によると、北極圏の火災で表層の土壌が燃えると、カリフォルニア州の森林火災に比べて少なくとも2倍の炭素が放出されるという。
今回の研究では、雷の増加がより多くの火災を引き起こすというだけで、北極での燃焼面積と放出される炭素量が、21世紀末までに150%以上増加する可能性があると示唆された。現在の北極圏での火災による年間平均放出量は約340万トンだ。
しかし、もっと悪いことが起こる可能性もある。火災によって生態系が変化し、森林が北上するかもしれないというのだ。そうなれば、火災の可能性はさらに高まる。
チェン氏らによると、もし雷による火災が増加し、森林の北上が加速した場合、炭素放出量は現在よりも6.7倍に増加し、大気中に毎年約2300万トンの二酸化炭素が増える可能性がある。これは、2020年にカリフォルニア州で発生した壊滅的な森林火災の5分の1に相当する。
研究チームは、さらに恐ろしい心配も口にする。雷が引き起こした森林火災が、永久凍土を露出させ、融解を速める可能性だ。永久凍土には膨大な量の炭素が閉じ込められている。つまり、二酸化炭素の放出量が6.7倍に増加するというのは「最も少ない推定に過ぎません」とチェン氏は述べた。
(文 ALEJANDRA BORUNDA、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年4月15日付]
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