テスラ普及モデル 中国生産で大幅値下げ、品質向上も
2019年に日本に登場したテスラの4ドアセダン「モデル3」。ラインアップ中、最も価格が手ごろで、世界中でテスラの販売台数を大きく押し上げた普及モデルだ。21年2月、そのモデル3が、大幅に値下げされたことが話題になった。だが変わったのは価格だけではない、と自動車ジャーナリストの小沢コージ氏はいう。最新のモデル3は、一体どんなクルマになったのか。
バッテリーEVの普及で存在感が高まるテスラ
気付いたら、絵に描いたような"黒船"的電気自動車(EV)が身近に迫っていた。新型テスラ・モデル3だ。
いまや世界的にEVシフトの波が来ており、バッテリーEV(BEV=内燃機関を搭載せずバッテリーの電力のみで走行する電気自動車)は中国や欧米で確実にシェアを増やしつつある。これは国家レベルの次世代自動車バトルでもあるので、単純にBEVが有利と言い切るわけにはいかない。また最近、安全問題も取り沙汰されているが、BEVの急先鋒(せんぽう)は間違いなくEV専業ブランドのテスラだ。
なにしろバッテリーEVだけしか扱っていないのに、テスラは20年には世界で約50万台 も売り切ったのだ。これはBEVの販売台数に限れば、独フォルクスワーゲン(VW)、中国の上海汽車(SAIC)や比亜迪(BYD)などの大手と比べて、ぶっちぎりに多い。
ミディアムセダンのモデル3は、2年前に日本へ上陸した。今回の価格改定とともに、ある意味マイナーチェンジのような変更をしたのだが、そのやり方と中身に驚いた。まさにパソコンやスマートフォンを思わせる進化と手法なのだ。しかも見事にテスラらしい進化を遂げている。
驚異の値下げ
最初の驚きは、2月に小沢に送られてきた「Tesla Model 3価格変更のご案内」なる電子メール。後輪駆動のベーシックグレード「スタンダードレンジプラス」がいきなり511万円(税込み、以下同)から429万円に値下げ(4月26日現在では434万円)、デュアルモーターを搭載するAWDの中間グレード「ロングレンジ」は655万2000円から499万円(4月26日現在では509万円)に値下げするという。唯一、最上級グレードの「パフォーマンス」のみ717万3000円で据え置きとなる。
今回は新しい「スタンダードレンジプラス」に乗ったが、見た目は窓枠がブラックアウトされ、ホイールデザインが変わったくらいで、ほぼ変化はない。最高出力もベーシックなシングルモーターのスタンダードレンジプラスは306psのままだ。
だが、ご存じの通りバッテリーEVで重要なのは価格であり、そこをいきなり値下げしてきたのだ。それも大幅に。航続距離も、スタンダードレンジプラスは409キロメートルから448キロメートルに、ロングレンジは560キロメートルから580キロメートルに、パフォーマンスは530キロメートルから567キロメートルにそれぞれ増やしている。これは効率の良いヒートポンプ式エアコンの導入が大きいようだが、バッテリーEVは航続距離の長さが安心感に直結するので、これまた効果的な性能アップ。まさにiPhoneやMacBookが見た目はほとんど変えずに、演算速度を上げ、消費電力を減らしてバッテリー駆動時間を延ばしたかのような進化っぷりだ。
現在の自動車業界では、モデルチェンジや価格改定の情報は少なくとも1カ月前にユーザーへ知らせるのが通例。そうしないとトラブルにつながる可能性があるからだ。だが今回のモデル3の価格改定や進化は予告なしに突然行われた。ただし、ここがテスラの"オキテ破り"なところだが、2月の情報リリース前にオーダーしたモデル3も同様に価格を下げ、性能アップを施すという。それならおのずとユーザーからの不満も消え去るというわけだ。
中国生産になって品質もアップ
さらに侮れないのが、これまた極端に情報公開が少ないディテールのクオリティーアップだ。全長×全幅×全高は4694×1849×1443ミリメートルでまったく変わらない。だがボディーパネル同士の段差の精度は確実に上がったし、塗装の質も上がった。かつては塗膜の中にホコリが混じっていたこともあったが今回はない。それは乗りこんでも同じ。ドアを閉める時のバシュっという音や手応えは良くなったし、内装樹脂の質感、精度も高い。標準で人工皮革を張ったシートの座り心地もいい。
実は今回の価格改定やクオリティーアップは、モデル3の生産工場の変更によるものだ。かつて日本仕様は北米カリフォルニアのフリーモント工場で作られていた。しかし20年に中国のテスラ100%出資の上海ギガファクトリーが本格稼働し、そこで生産されたクルマが今春から日本に入り始めている。その結果、輸送コストや人件費の低減はもちろん、中国産リチウムイオンバッテリーのコスト低減が効き、価格が下がったのだ。同時に上海ギガファクトリーはモデル3や新型モデルYの生産に特化されているため、大幅なクオリティーアップもできたという。
日本やドイツブランド車でここまで生産地、生産工場で価格や性能が変わるという話は聞いたことがない。もちろん中国で作られている日本ブランド車は日本生産より安いはずだが、それが日本に送られてくることはなかった。
クルマの価値観を覆すテスラ
テスラはいろんな意味で"オキテ破り"なのだ。前述した情報告知の件もそうだし、価格低減の幅もそう。アップデートによる性能アップのレベルも既存自動車の比ではなく、モデル3に87万1000円でオプション装着できる「完全自動運転 対応機能」は将来的にかなりの運転支援を提供するはず。ただし、その機能は住んでいる国によっても相当違ってくるだろうが。さらにいうと日本に直営店は4つしかない。このため基本修理は、メカニックが出向くモバイルサービスや、認定ショップで行う。
テスラ車の脅威は、デザインや驚異的な加速以上に、その独特な"商品に対する価値観"にある。確かにタイヤが4つ付いたクルマだが、なんとも電化製品的であり、スマホっぽい。クルマとは似て非なる商品なのだ。そこに不満を覚える人もいるかもしれないが、逆に喜ぶ人もいる。この価値観の転換こそが、テスラの真骨頂ではないだろうか。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は「ベストカー」「時計Begin」「MonoMax」「夕刊フジ」「週刊プレイボーイ」など。主な著書に「クルマ界のすごい12人」(新潮新書)「車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本」(宝島社)。愛車はロールス・ロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
(編集協力 出雲井亨)
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