日経ナショナル ジオグラフィック社

大人でも気持ち悪いものを好む人はいる。私たちは、ティッシュの中身をまじまじと観察したり、グロテスクな映画を見たり、ヌルヌルした食べ物を楽しんだり、「ドクター・ピンプルポッパー(ニキビつぶし)」こと皮膚科医のサンドラ・リー氏をスターダムに押し上げたりしている。一体なぜだろうか?

この問題の結論はまだ出ていない。しかし、研究者たちの間ではいくつかの仮説がある。ロットマン氏を含めた一部の専門家は、そうしたものへの熱中は「悪意のないマゾヒズム」によるものと考えている。脳がネガティブなものに喜びを見いだす傾向のことだ。また、問題を解決しようとする潜在的な傾向が、グロテスクなものを気にせずにはいられなくさせているという仮説もある。

「将来うまく自分を守るために脅威について学ぶことや、今その脅威を無効化することの有用性に関係しています」と、米コロラド大学コロラドスプリングス校の心理学助教授レイス・アル・シャワフ氏は語る。「例えば、あなたの子どもがケガをして、傷口から膿(うみ)が出ていたら、あなたはそれをよく調べて、手当てをしてあげないといけませんよね」

2つの仮説は、どちらも正しい可能性がある。さらには、3つ目もある。ギルバート氏によれば、汚いものは大人の免疫系にとっても良いものである可能性があるという。「私は、免疫系は庭師のようなものだと思っています。私たちが毎日接している微生物という庭を管理し、良いものを維持し、悪いものを排除する役割を果たしているのです。良い微生物は私たちの健康に大きな影響を与えます」

エビを食べられてもコオロギはダメ?

だがほとんどの大人にとって、何に嫌悪感を抱くかは文化や環境によって異なる。しかし、一部に共通するものもある。

「病原体が含まれるかもしれないものの多くは、普遍的に嫌悪感を抱かせます。排せつ物、嘔吐(おうと)物、開いた傷口、膿……すみません、なんだか気持ち悪い話ですよね」とアル・シャワフ氏は笑いながら言う。「また、腐った食べ物、特に腐った肉に対する嫌悪感は、ほぼ普遍的と言っていいほどです。これらすべてに共通しているのは、病原体に感染するリスクがあることです」

しかし、人類が先天的に嫌悪感を抱くようなものですらも、健康に良い影響を与える可能性がある。

「グリーンランドやスカンディナビア半島北部などの北極圏に住む遊牧民は、腐った肉を日常的に食べます」とロットマン氏は言う。「ビタミンCを摂取し、壊血病を防ぐことができるのです。彼らの食生活においてはごく普通のことで、嫌悪感を抱かせるものではありません」

信じられないかもしれないが、旧石器時代の食生活には腐った肉が不可欠だった。肉を腐らせることで、消化が容易になるだけでなく、pHが下がってビタミンC(アスコルビン酸)が保持されやすくなる。一方、より一般的な肉を加熱するという食べ方は、この重要なビタミンCを壊してしまう。古代の北極圏で腐敗した肉に嫌悪感を抱いた人々は、冬を越せなかったかもしれない。

嫌悪感が強すぎたり、見慣れない食べ物に対する強い抵抗があったり、文化的な教育を受けていなかったりすると、より冒険的な食事や生活ができず、同様の効果を得られない可能性がある。西洋社会にエビを好んで食べる人は多いが、コオロギなどのほかの節足動物を食べることは嫌がる人が多いだろう。コオロギはほかの地域では主要な食物であり、食べても何も問題はない。慣れた食べ物と違うだけだ。最近では、環境に優しいたんぱく源としてコオロギを推奨する人も増えている。

この世界と私たち自身をよりよく理解すべく、様々な分野の研究者が嫌悪感を探究し続けている。嫌悪感は、社会の均衡の一部だ。弱すぎれば病気になりかねず、強すぎれば孤立し、健康を害することすらある。この複雑な様相を解明していくことで、人間の様々な行動を読み解くことができるかもしれない。

「私たちが嫌悪感を抱く対象はすべての分野に存在しますが、慣れが生じることもあります」とセポン・ロビンズ氏は言う。「例えば、看護師は体液を扱うことに慣れています。ちょっとばかり気持ち悪いかもしれないものへの恐怖心は、何度も繰り返し触れているうちに薄れていきます。死にはしませんから」

(文 REBECCA RENNER、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 2021年4月8日付の記事を再構成]

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