日経Gooday

「感じる力」は社会を変えるエネルギーになる

少し話がそれますが、先日、「ねむの木学園」という日本初の肢体不自由児養護施設を設立・運営した女優・宮城まり子さんのドキュメンタリー番組の再放送[注2]を見ました。

2020年3月に93歳で亡くなられた宮城さんは、障害がある子どもたちに自由に絵を描かせていました。描かせるようになったきっかけは、ある1人の障害のある男の子の絵を見たことだったそうです。「カニの絵を描く」というテーマの授業で、その男の子は甲羅のみのカニを描きました。すると、採点した先生は「カニとはこういうものですよ」と脚を描いて返したそうです。すると男の子は、「これは自分が描いたカニじゃない」と言って、自分の絵に×印を描いてしまいました。

×が付いた絵を見た宮城さんは、とても悲しい気持ちになったと言います。脚のないカニは男の子の感性から描いたもの。世間の常識を押しつけるだけの教育は、障害がある人を否定することになりかねず、孤立へとどんどん追い詰めていくのではないかという疑問も持たれたそうです。「ダメな子なんか1人もいない」という信念の下で運営されてきた「ねむの木学園」では、それぞれが描きたいと思った絵を自由に描かせることにしたといいます。

[注2]NHK「歓びの絵 ねむの木学園 48年の軌跡」

番組では、開催された美術展の映像も流れました。展示された子どもたちの絵画が本当に素晴らしく、私は改めて「感じる」ことの大切さを再認識しました。人間は五感を使って生きています。その五感をいかに刺激し育むかで、喜びや生きる力といったさまざまな可能性を引き出すことができます。

そうした「感じる力」は、美術だけでなく、音楽やスポーツにも当てはまります。特にスポーツは、競技を体感し、また応援し、応援されることで、喜びや悔しさなどいろいろな感情を一気に生み出せる機会になります。

私自身、競技スポーツを続けてきたことで得た「感じる力」が、どれだけ自分の人生を豊かにし、人間形成に大切なものだったのかを実感しています。そんな力があるスポーツが大好きで、だからスポーツをする人や現場を応援したいし、大切さを伝え続けていきたいのです。スポーツを通して「感じる」機会を、ジェンダーやジェネレーション、障害の有無を超えて作り出すことができれば、それぞれの素晴らしい可能性やエネルギーを引き出し、みんなが生きやすくなる社会へ変える力になると信じています。私が長年携わってきた、知的障害がある人がスポーツを通じて相互理解と交流を図る「スペシャルオリンピックス」の活動も、そうした考えが根底にあります。

人間の五感を刺激するスポーツをする機会が、コロナによって少なくなっていることは心が痛みます。先ほどお話しした子どもたちの部活動についても、私たちオリンピアンやアスリートなどの力を集め、教育現場と一丸になって、今までと同じ形ではなくても何かできればという気持ちがあります。スポーツの現場を作る努力を、今まで以上にしていかなければいけないという危機感があります。子どもたちから「運動習慣」や「感じる機会」を奪わず、子どもたちの「スポーツ嫌い」を防ぐためにも。

(まとめ 高島三幸=ライター)

[日経Gooday2021年4月13日付記事を再構成]

有森裕子さん
元マラソンランナー(五輪メダリスト)。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。

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